● アカデミー賞平手打ち事件からみえること 概要編

 

 今回の記事は「人は未熟なものだ」という認識を持っておくことによって、世の中に起こるストレスを受け流せるかもというお話です。

 

 私個人のかたよった思想が出てくるので読者の皆様自身でもいろいろ考え、良かったらアイデアを分けてください。

 

 本題です。

 

 なんだか最近世の中ギスギスしていると思いませんか?

 

 直近2~3年で言うとコロナ禍による生活や社会の在り方の変化が急激に起こった事によるストレスがあったといえますが、今年に入ってから一気に大きな問題がぼこぼこ起こっている気がします。

 

 ロシアのウクライナ侵攻にまつわる文化弾圧の話は先日書きましたが、先日は全く関係ないところでアカデミー賞で侮辱と暴力による反撃の事件が起こりました。

 

 今回はちょっとこのアカデミー賞事件にを通して感じた事のお話です。

 

 一応現時点で私が把握している状況をまとめます。

 

 事が起こったのはアカデミー賞の授賞式です

 

 主演男優賞の発表時に司会者のクリス・ロック氏が受賞者であるウィル・スミス氏の妻ジェイダ氏を「GIジェーン」に重ねる発言をする

 その発言に激怒したウィル・スミス氏が壇上に上がりクリス・ロック氏に平手打ちをする(ジェイダ氏は闘病生活の副作用における脱毛症が原因で丸坊主にしていた)

 自席に戻ったあとも弁明をしようとする(?)クリス・ロック氏に強い言葉を使い「妻の名前を出すな」と怒鳴りつける

 その後のスピーチとインスタグラムの投稿においてウィル・スミス氏は「間違ったことをした」と反省の意を表明

 アカデミー賞運営の映画芸術科学アカデミーは「いかなる理由があろうとも暴力は容認されない」という声明を発表、事件の捜査を開始

 ウィル・スミス氏がアカデミーを退会

 

 とりあえずざっくりとこういった流れだと認識しています。

 

 なかなか情報量が多く、視点を変えることで「どこに正義があるのか」が大きく揺れ動く興味深い事例だと思いました。

 

 まず恐らく最も多く語られているであろうことは「何が悪いのか」でしょう。

 

 皆さんはどう思いますか?

 

 言葉に対して暴力を振るう事が悪なのか

 

 病気を揶揄するのが悪なのか

 

 身体的な暴力だけ批難し侮辱を容認するのが悪なのか

 

 etc.

 

 論点は様々ありますし、何より一つの観点だけで語れるほど単純な話ではありません。

 

 因みに完全に個人的な感情論で言うのなら私は「なぜ身体的な暴力に”だけ”言及されて侮辱はスルーなのか」という点でアカデミー賞の運営団体に対して不信感が少しあります。

 

 もう少しポイントを抽象化すると私の個人の正誤の判断基準として

①「身体的な暴力の行使はするべきではない」

②「人を侮辱するべきではない」

③「争いが起こった場合は公正に両者を判断するべき」

 という3つの観点があると考えていますが、現状①に関しての言及ばかりで②、③に関しての言及が見えてこない事に納得がいかないということです。

 

 このあたりに関しては正直私のリサーチ不足の可能性も高いので私の取り越し苦労かもしれません。

 

 しかし、今のところ私の目につく範囲だと、日本では「暴力は悪いにせよ、侮辱に立ち向かったということでもある」というような意見が比較的多いです。

 

 この「侮辱に立ち向かった」という評価に関しても、大まかに分けると称賛や同情、言葉で返さなかったことへの批判などポジティブ寄りからネガティブ寄りの意見が分かれる所ではあります。

 

 いずれにせよ事件の評価の中に侮辱に関しての観点は見受けられます。

 

 対してアメリカに目を向けるとアカデミー賞の表明でもそうであったように暴力にフォーカスされた意見が多いような印象があります。

 

 こういった日米の評価の違いについて、私も最初は違和感というか半分怒りを覚えるだけでイライラしてしまったのですが、深く掘り下げてみると色々と興味深いことがたくさんある事件だなと思えてきました。

 

 ということで今後この事件で私が疑問に思った要素

 

・日米の暴力の捉え方の違い

・公平さを失った評価が招くこと

・正義の多様性の再認識

 

 に分けて記事を書いていきたいと思います。

 

 まずは皆さんも自分自身でこの問題で何が見えたか考えてみてください。