● 手に重さを集める事の難しさ  

  

 今回は武術と少しだけ楽器演奏にも応用が利きそうな「身体の使い方」に関してのお話です。  

  

 前提条件として、武術に関しては強い突きを打つという様な事についての身体感覚の言語化は様々あります。  

  

 例えば突く時に腰を回す/切るであるとか、反対に手から動く等です。  

  

 これらに関しては、それぞれの流儀において説明の言葉が違うだけの事が多いのですが、とりあえず私が習う空手では手から動くという感覚で行います。 

 

 この「手から動く」というのも、本当に手打ちというわけではなく、先に動かした手と重心移動が連動するので体幹部の重みがしっかりと乗るという事だったりします。 

 

 こういった事も言うは易く行うは難し、頭では理解出来ているのですが、実践がなかなか上手く行きません。 

 

 どうしたものかなあという悩みがあったのですが、先日それを解決するヒントを一つ見つける事が出来ました。 

 

 それは「感覚を日常で磨く」という事です。 

 

 正確に言うと、この「手に重みを乗せる」という概念が日常のどこで応用できるか見つけるという事ですね。 

 

 これに気付いたきっかけは以外にも食事の時でした。 

 

 このブログでもよく話題に挙げている武術談義やスパーリングをする先輩とステーキを食べに行った時の出来事です。 

 

 そもそもステーキを食べに行くこと自体久しぶりだったので、食べるのに苦戦していたのもあるのですが(笑)それとは別でハッとする指摘を受けました。 

 

 「肉切るのに肩に力入りすぎじゃない?」 

 

 言われてみると確かに明らかに肩に力が入っていたんですね。 

 

 しかもタチが悪い事に指摘されるまでその力みに全く気付くことが出来ていなかったのです。 

  

 空手で使う動きでどうこう言う前にそもそも平常時肩に力が入っているという事に問題があるなと思いました。 

 

 流石にこの瞬間は結構なショックでしたが物は考えようです。 

 

 今までも「空手の身体使いは他の分野でも活かせる」という記事を書いてきましたが、その解像度がより上がりました。 

 

 日頃の食事の時の箸やナイフ、フォーク等の扱い、PCのマウスやキーボード操作、ノートに何か書き込む作業まで全て手先まで重さを伝える技術が活かせる、というか、肩に力が入っているかの確認の場面になります。 

 

 そして、やはり楽器の演奏ですね。 

 

 私は楽器の演奏に際して特に弓使いに関して、「力で押し付けるのではなく脱力して自然に重さを掛ける」と習いましたが、それが上手く行っていない場面がありました。 

 

 力んでいるつもりは無いのですが、それでも演奏後、肩が痛くなる場合と手が痛くなる場合があり、コントロールが利かない所があったのですが、その時も漠然と「今日はどちらが痛かった」しか考えられていませんでした。 

 

 しかし、今なら少なくとも「重さがどこにあるか」を感じる事が出来ます。 

 

 この辺りは一度感覚を掴むまでが大変なので、私のように楽器だけ、空手だけという認識になっていると上手く行かない事が多いと思います。 

 

 まずは、日常の場面で余計な力みが無いか探るのがポイントです。 

 

 まずは食器の扱い、筆記具の扱い等から手の重みを使えているか感じてみてください。