今回の記事は健康に関しての注意喚起です。
11月に入り日はだいぶ短くなってきましたが、なんとも気候が安定しないというか、寒暖差、気圧差、湿度の差等が激しい日々が続いていますね。
「日本には四季がある」なんて強がりを言えたのも今は昔、現在はだいたい暑くて不快な時期と寒くて不快な時期の合間に僅かに快適な日が来るかどうかという所です。
このブログの読者の方々がどれくらいの年代かによっても感覚は変わるでしょうが、少なくとも私が歩んできた30年程の人生でも気候が明らかに昔と変わってきているという実感があります。
あくまで私見ではありますが、昔小中高どこかで習った日本の気候区分は温帯でしたが、現在は亜熱帯位になっているのではないかとも思います。
私が子供の頃にも夏は昔から夕立はあったものの、現在のゲリラ豪雨とは質が違うように感じます。
ゲリラ豪雨はどちらかと言うと熱帯や亜熱帯で起こるスコールに近いイメージがありますね。
厳密にはスコールは風を指す用語らしいので正確に言うと熱帯・亜熱帯で起こるスコールと同時に振る激しい雨と言った方がただしいかもしれませんが…
話を戻しまして、この近年の気候の変動は少なくとも私が記憶の残る範囲のとしてここ二十数年位で一気に起こっているようであるという事は、なかなかに問題なのです。
環境問題のような大きな規模の話は別としても何が問題かと言うと、第一に人が生物として適応出来ていない事、第二に人の認識の上でも環境の変化について行けない可能性があるという事です。
第一の問題に関して、生物が環境の変化に適応しようとするには、適応できなかったものが淘汰されながら世代を重ねて種として耐性を手に入れる必要があります。
しかし、先程も書いたように環境の変化自体が世代を跨がないほど急に起きた事、またさらに言うと生活水準や医療の向上で淘汰も起こりにくいという事で生物としての適応はかなり遠くなりそうです。
そして個人的により危機感を感じるのは第二の問題の人の認識としても環境の変化に対応できない可能性の方だったりします。
やはり、私の身の回りを見ても結構な割合でエアコンが嫌いという人はいますし、テレビ等でも芸能人が「下積み時代にはエアコンも無く~」みたいなエピソードもよく耳にします。
私自身もそういった感覚は多少分かるのですが、昔は大丈夫だったから今も大丈夫という認識で気候の変化を軽んじてしまうという事が認識の上で環境に適応できないという意味なのです。
仮に親が「若いころはもっと環境が良かった」と言っても、それを体感していない子世代はピンと来ないかもしれませんが、世代が変わらないうちに「若いころは夏はエアコンなしで過ごせた」と認識していると、その時の感覚に引っ張られて「最悪でも死にはしないだろう」というように楽観視してしまう可能性があるのです。
そして更に恐ろしいのが、ここまで話した「暑い」に関してはまだ比較的警戒心がありますが、今の季節に起こりやすい日ごとに暑い寒いが変わったり、日が短くなる事でビタミンD不足や外ホルモンの産生が悪くなったり、自律神経の働きが乱れる事による体調の変化は見過ごされがちだという事です。
人の身体には体内の環境を一定に保とうとする恒常性を持ちます。
夏の熱中症等は発汗によって水分やミネラルが急激かつ大量に失われるため、症状も比較的急激に起こり気付きやすいですが、栄養不足やホルモンバランス、自律神経の乱れは直ちに大きな変化が起こる訳ではないので気付きにくいのです。
「なんか調子が悪いなあ」から始まって対策を取れずに負のスパイラルに入ると長期的に回復が難しい状態にもなります。
不調に気付きにくいという事は当然原因にも気付きにくいという事でもあります。
まずは不調に気付けるようにしましょう。
最初に認識しておくべきは
既に油断すると体調を壊す時期である
という事です。
そして少しでも不調を感じたら
少し過剰なくらい自分に甘くする
という事を心がけましょう。
そこに遠慮は不要です。
休むべきか少しでも葛藤があった段階でそれは休むべき
むしろそこでしっかりと休息を取らない方が事態を悪くする
こういうスタンスを徹底しましょう。