昨日どうにも意味深な夢を見ました。
なんとなく頭に残るというか、妙にメッセージ性の強い映画の様な感じだったので、飛び飛びな内容にはなりますがここに書き留めておこうと思います。
舞台は、というか映画とかゲームのジャンルで言うと終末系?
バイオハザードじゃないですが、ゾンビとかモンスターが跋扈する様になってきた世界での逃避行からはじまりました。
なんというか、絵面はパニックホラーやアクションみたいな感じがあるんですが、夢だからなのか、渦中に居ても心はそれほど乱されずに普通に武器を取って戦っていました。
妙にご都合主義で身体が動くのは夢あるあるですが、ちょっと不思議なのは一緒に行動する何人かの仲間は顔に見覚えがない所でしたね。
正確な話をすると、戦闘中は本当にゲーム感覚というかそれ以下の緊張感なのですが、合間合間に葛藤が訪れるんですよね。
夢の中で大きく覚えているのは一つ目に立てこもった拠点です。
外側は多少ゾンビとの戦闘等の余韻で傷んでいるものの中は生活感が残っているというか、少し快適な位の設備が残っています。
入口だけシャッターが壊れている為外的の侵入を警戒する必要がありますが、逆に言うと一箇所だけ注意を払って守れば良いというのも一種の安心感ではありました。
個人的にはもうそこから動かずに居れば良いんじゃないかという感覚すらあるなか、一度ゾンビの襲撃を受けた後にその拠点を後にする決断が下されたのです。
ちょっと不思議だったのが、私自身その拠点に執着していた筈なのに妙にあっさりとチームの決断に従うというか、勿論弾薬が尽きたとかの合理性を考えると先に行くべき理由があるのですが、感情面でもすぐに切り替わったのが珍しい感覚でした。
で、これも夢あるあるなのですが、ここで、次の場所までの道中の描写なく場面が変わるんですよね。
直前まで荒廃しかけの町に居たのに、次の場面ではハイテクさとシックなおしゃれさを兼ね揃えた施設に潜入するシーンに変わっていました。
そこは、かつて功績を残した老人達の終生を見守る養護ホーム兼シェルター風の施設でした。
その施設では功労者たちが老いを自覚することなく生きられる様に、若干洗脳に近い認識のコントロールやAIによる食事すら必要ない肉体面の管理が為されています。
私と仲間はその施設をシャットダウンする為に潜入していたんです。
その理由は夢らしく曖昧ですが、世界の終わりに際して老人達に夢を見続けさせる余裕が無くなった事は関係していたと思います。
施設には仲間の祖父母がおり、その仲間の祖父は終末にさしかかる以前の世界を形作るのに一役買う程の人物でした。
そして、その仲間の祖父の思想により、老人達に衰えを感じさせず、しかし、同時に気付かれる事無く自由意志を奪っていく、ある意味で誰も不快感を持たない生き方をさせる施設がうまれたのです。
施設がシャットダウンされる直前、私はその老人と対峙し問いを投げかけられました。
与えられた安寧を享受する事の何が悪なのか
老人は仲間の証言の通り苛烈な印象でした。
その施設はあくまで老化を止めたり克服している訳ではなく、衰えで出来なくなった事が認識できなくなるだけ、食べたい欲求を感じなくさせた上で栄養を送り込むむチューブで管理されるため食事も必要ありません。
自由意志そのものが制限されていてもそれを認識できないなら幸せなのではないか、出来ない事が多い中でそれを認識だけさせる事の方が残酷なのではないか。
そういう事を問いかけられたのだと思います。
しかし、私とその問答をしているうちに施設はシャットダウンされます。
途端に老人の目から覇気が消えます。
一気に年相応に老け込み、そして施設の概要を知らずに入り込んだ私が手土産に持ってきたお菓子を食べ始めて「自分で選ぶのも悪くない」というのです。
凄く複雑な感情になりました。
結局管理されていようがいまいが状態が大きく変わっても「今を幸せだと思う」という事には変わらない様にも見えたし、それが大きなごまかしであるようにも感じたのです。
驚くほど施設の老人達にパニックは無く、皆穏やかに現状を受け入れていたのも印象的でした。
どこかで衰えを感じない事が幻想である事を知っていた感じでした。
そして、世界観が急に最初に戻り、ゾンビ達の襲撃があり、それを退けた後くらいで目が覚めました。
夢なので物語としては半端でしたが、ぼんやりと私自身がその夢を見る前日にしていた葛藤を象徴している様に感じて強く印象に残りました。
物語としては完成度低いですけどね(笑)
ちょっと余裕があったら私自身の葛藤と夢の繋がりを当てはめながら分析してみようと思います。