前回の記事では結構大仰に世に蔓延る差別の起こり方はこうだみたいな事を書きましたが、今回はもう少し規模が小さく、また、まだ私自身答えが見つけられていない事象について書いていきたいと思います。
それは大きなカテゴリで言えば人付き合い、少し抽象度を下げると外部の人間と組織の関わり方、更に具体的言うとOBの正しい立ち振る舞い方についてのお話です。
部活のOBという立場とは、正直な話普通に考えればもう外部の人間なので団の運営に関わったり口出しすべきではありません。
しかし、少なからずOB側としては、過去に運営を経験したものとしての自負があったり、現役側としても現在進行形で運営する上での不安や、なんだかんだ相手は先輩である事には変わりが無いため話を受け入れてしまったりしてしまい、関係性が歪む可能性があるのです。
これは部活に限らずどの組織にも言える事なのですが、大事なのは組織内の意志の統一です。
余程反社会的であったり、他者に害を与える行為でない限り、組織の中で統一された意志が尊重されるべきで、そこに外部の人間が土足で足を踏み入れるべきでありません。
何故ならそこに最も時間やコストを割いているのは内部の人間だからです。
捧げている物が多い者が意思決定をするのは当然のことだと私は考えています。
この辺り、私も卒業したばかりの頃には立場を考えず色々口出しをしたこともあったので、それを強く反省し、なるべく現役に迷惑が掛からない様に注意するようにはしていたのです。
ただ、今回はどうしても口を出さずにはいられなかったのです。
最も大きい要因は、前回の記事に書いた通り虐げられた当人達にその意識が無かったからというのはあります。
今後無いのが当然になってしまえばもはや問題提起が為される機会は無くなるでしょう
ただ、それでもここで私が騒ぎ立ててしまったのはどうだったんだろうという思いもあります。
仮に私が現役時代にこの問題提起があったのならば、絶対に廃棄を止めたと思いますし、その場合であれば正当な権利の行使になります。
また、今の状況で自分が団費を払って所属している団体で似たようなことが起きても烈火のように怒り狂って止めたでしょう。
問題はエキストラで呼ばれた団体で起きた場合すね。
恐らく私はその団体を「コントラバスを軽んじる団体」と認識して、少なくともその団体の為の行動は一切行わなくなるでしょう。
露骨に気に障れば降りるでしょうし、好きな曲を演奏する場合は降りはしないでしょうが、周りを無視して自分の解釈の演奏しかしなくなるでしょう。
自分が所属する団体であれば、自ら声を上げるのが正しいですが、そうでないのなら、出来るのは自分の行動を変える事のみなのです。
そう考えると今回の私の行動は外部の人間としてあるべき領分を超えた行為とも言えるのです。
ただ、廃棄が決まった段階で争えなかった以上、一度椅子が無い状態を受け入れてしまったとも言える中で、私が悪い意味で外圧となった事はある意味問題提起をしやすくなったとも言えるかもしれません(それを私が行ったらおしまいですが)
明確な正解がある様な問題でもないですが、放っておくべきだったか、もっとうまい立ち回りは無かったか、悩みが尽きない状態です。
しかし、今後同じような時により良い選択が出来るようにもう少し自問自答してみようと思います。
皆さんも、今後似たような状況になる可能性も考えて、思考実験してみてください。
