先日何とも言えない事象があってもやもやしているので、その事についてちょっと書いていきたいと思います。
それは大学の方の母校に演奏会のコントラバスパート補強要因として参加した時の話です。
練習は学校の近くにある外部の施設だったのですが、まず最初におかしいなと感じたのはパート員の数に対してコントラバス用の椅子が足りなかった事です。
最初は労力的な問題かなと思ったんです。
元々部室には演奏会場にもあるようなタイプの大きいコントラバス用椅子と、OBの方からお借りしている形で部室に置いてある折り畳みの椅子がありました。
学校近くの会場とはいえ、その分運搬が手で持ち運ぶ事になるので、持ち運びしやすい物だけ持ってきたのだろうと思っていたのです。
しかし、その後よくよく聞いてみると、私が現役時代には八つあったコントラバス用の椅子が全て捨てられていた事が分かりました。
そしてその後買い替える予定は無いという話も聞きました。
確かに、私が現役の当時ですら高さ調整が出来る椅子が半分ほどしか無かった事もありますし、もう調整が利く椅子が無くなっていたのかもしれません。
しかし、だからといって買い替えるのではなくコントラバスパートから椅子をただ取り上げるのはどうかと思うのです。
そう言える要因は様々な角度からあります。
まず最初に感じるのは「何故コントラバスパートだけ立ちっぱなしを強いられるのか」という事です。
クラシックの演奏は交響曲ともなれば30分を超え、長ければ80分等という曲もあります。
その長時間をずっと立っていろというのは、出来なくはないかもしれませんがかなりの苦行ですし、時間が経つにつれ集中力が途切れやすくなるのは目に見えています。
厳密に言えば指揮者も演奏中立ちっぱなしなのですが、コントラバスは10kg程の重量があるので、仮に弾いていないタイミングに座るとしても消耗はかなり大きいです。
また、特に私はそうなのですが、奏法の都合上椅子に座る事を前提とした奏者はシンプルにパフォーマンスが発揮できなくなります、私程極端でなくとも椅子に座る座らないで必ず多少はフォームが変わるので日頃の練習は立ちでも合奏時などに椅子に座る事に慣らす必要はあると私は考えています。
その他一応舞台上での演奏であり、さらにフォーマルな印象があるクラシック音楽においては、少なからず見栄えの問題もあるので、現状残っているOB所有の折り畳みの椅子もあまり良い物ではなく、ホールに椅子が足りなかった時にどうするんだという問題もあります。
上記の問題は私自身がコントラバス奏者だから見える事なのかもしれないですし、悲しい事にコントラバス奏者でも気付けない可能性もあります。
こと学生オケに関して言えば、なんとなく「コントラバスは立っててよい」という認識は生まれてもおかしくないんですよね。
大学のオーケストラに関して言えば経験者が入って来ることは少なく、また経験者においても椅子を使って演奏が出来た管弦楽部にいたという人は稀でしょう。
私自身高校時代はコントラバス椅子という概念はありませんでした。
その認識のまま大学に入っても椅子が無いとなれば、たとえそこに問題があったとしても気付くことが出来ないのです。
良く聞くような事例で言うと、かつての少年サッカーや野球などのスポーツで「練習中は水を飲むな」という様な指導がありましたね。
今でこそ身体を壊すし、何より効率的でないという事で否定されていますが、そこに疑問を持たずに指導を受けた人々は、「それが当然の物」という認識になってしまうのです。
今回のコントラバスパートの事件はまさしくそういう問題だと感じました。
一番悩ましいのはこの問題をOBという私の立場から問題提起するのはどうなのか?という事だったりします。
正直な話、この事を知った時に「どういう経緯で捨てられたのか」というのを現役の運営の人たちに聞いて回ってしまって、それもあまり良い立ち回りでは無かったと思います。
今回の事件、色々と省みるポイントが多く、それについて整理して記事にしていこうと思います。