皆さんウマ娘やっていますか?
何やら7月にアプリが900万DLを達成したとの事で、興味本位でDLしただけの人も居るでしょうが、相当なプリ人口があるようですね。
そもそも肌感として、私がやっているという段階で相当凄いなという印象もあります。
そんな中で、このゲームをやっていて、意外な自分の一面に気付くこともありました。
それは
結構涙もろいな
という一面でした。
いや、私は本来何に対してもすぐ泣くようなタイプでは無いんです。
悲しい事があると泣くよりも心が沈んで無になる方ではありますし、例えば物語で理不尽な悲しみなを見せつけられた場合は怒りが先行する傾向にあり、あまりうるうる来ることも無かったんですが、何故かやけにウマ娘を始めてからやけにうるうる来ることが多くなったのです。
それはアプリの中のウマ娘のストーリーだけという訳ではなく、そこから興味を持った実際の競走馬のエピソード等でも涙腺を刺激されたりすることが劇的に増えたのです。
それまで、涙ぐむ事なんて年に一度あるかどうかだったのに、という事で改めて自分自身が何に心動かされていたのか、どうして急に涙ぐむ回数が増えたのか等を考えてみたのです。
そして、結論から言うと、私は元々「ひたむきな頑張り」や「真っ直ぐな思い」というような物には弱く、それを理解していたからこそあえてそういう物を避けていたのです。
前述の通り、悲しみに関しては心が固まってしまいがちなのですが、感動する系に関しては結構単純に涙が出やすいみたいなんですね。
そして、それ自体に不快な感覚は無いのですが、泣くという情動のコントロールが効かない状態が平常時には何とも不安に映る為、好んでその状態に向かおうとしないという心構えが自分の中にあったんですね。
感情という物は、フィクションで味わう分においてはエンタメ要素であり、心が揺り動かされるのは良い作品の証ですが、上記の理由から私は「感動」が目的の作品は見ない傾向にはありました。
全くそういう要素を排除している訳ではないんですよ?
ただ、例えばそういった感動する場面はアクション映画の様な「興奮やスリル」コメディ作品の様な「笑い」等、別の感情を刺激するような創作物の一部としてで充分だったのです。
考えてみると自分のひねくれも中々のもので、例えば昨年話題になった鬼滅の刃の映画、あれも、煉獄さんの在り方や感動ポイントは簡単に小一時間以上語れるのですが、であるが故に「映画の尺的にメインが感動になる」という確信があったので、逆に見に行けなかったのです。
鬼滅の刃は感動的な心の動きもその素晴らしさの一つですが、個人的にはメインはバトル物として楽しんでいたという事です。
そういった観点でいうと、スポ根ものしかり、それこそ私がやった事のない他のアイドルゲームの様な物だったりは、ひたむきに頑張る登場人物を応援して成功を掴むという事で、偏見とも言えますが、メインが感動である為にあえて近づかない様にしていたのです。
実際ウマ娘のストーリーもかなり練られているというか、真っ直ぐな努力に様々な試練があってそれを乗り越えた時の感動は図りしれないですし、さらに言ってしまうとそのストーリーも現実の競走馬のエピソードをモチーフにしていたりするのでかなり破壊力があるのです(良い意味で)。
特に競走馬に関して言えば、生き死にすらかかる壮絶な物語とも言えるので、私はWikipediaの比較的簡素に纏められたエピソードでもグラっと来てしまうのです。
という所まで自己分析をしてみて、我ながら「なんでこれに手を出したんだろう?」と思う所もありますが、それにも答えがでました。
それはやはりゴールドシップの存在ですね。
ウマ娘においてももはやハジケリストと呼ばれるほどぶっ飛んだキャラで、彼女だけ世界線が違うのではないかという所があります(笑)
そして現実の競走馬も悲劇的な要素も無く、引退時の検査でも目立った怪我も見当たらない健康状態だった程なので安心感があるんです。
前述の通り、感動が目的となる作品には尻込みをしてしまう私でも、アクションやコメディ要素があれば入っていくことができます。
その精神の拠り所的な存在がゴールドシップなんですね。
でも元々感動要素が強いのですぐうるうる来てしまう(笑)
とは言え、普段絶対踏み入れないジャンルを覗き込むことが出来たのは良い経験だなと思いました。
単なるアプリゲーと思うなかれ、上手く使えば自己分析にもなるというお話でした。