今回は今までになくゆるい内容です(笑) 

 

 もうそこそこ前からですが熱い夏がやってきましたね。 

 

 今週は突然涼しかったですが、また酷暑は帰ってくるとのことで悲しいです…

 

 私の幼少期はもう少しましな気候だったと思うのですが、今や無策で外に長時間居る事は容易に死に繋がる時代になりました。 

 

 そんな中、先日ふと一つ命や死生観について考える事がありました。 

 

 皆さんセミファイナルって言葉を知っていますか? 

 

 スポーツ等における準決勝…ではない方です。 

 

 ひと夏を必死に生き抜いたセミが力尽きかけ、地面に落ちている状態の事です。 

 

 しかし、安易に片付けようとするなかれ、近づけば最後の命の灯を燃やして抵抗してくる事ある…これも一種の夏の風物詩ですね。 

 

 かつてはセミ爆弾とも呼ばれたらしいこの現象も、現在では本当に命を終えたのか、まだ命の灯が残っているのか判別する知識が広まりつつあります。 

 

 話が逸れましたが戻しますと、先日私はこのセミファイナルに遭遇したんですね。 

 

 うだるような暑さの中、路傍に力なく横たわるセミファイナル。 

 

 そこでふと頭に浮かんだのは 

 

 セミは命がかかっているのに準決勝扱いとはあんまりな話だな 

 

 という思いでした。 

 

 しかし、その時また一つの考えが浮かんだのです。 

 

 そうかセミにとっては来世が決勝なのか 

 

 仏教の世界観に六道という概念があります。 

 

 あらゆる生命が、その命が終わった後に生前の行いを元に次の命へと生まれ変わる先を示す、輪廻転生の考えです。 

 

 その正誤や賛否は別として、六道の考えにおいて虫は畜生道と呼ばれる良くない領域の存在です。 

 

 ざっくり何が良くないかと言うと、畜生道に転生するという事は、その前世の行いとしては悟りからは遠かったという事であり、仏教の目的である解脱までの道のりがまだ長い事を示しています。 

 

 その考えを元に、仏教における「悟って解脱する」事をゴールと考えてスポーツになぞらえると、なるほど、畜生道における生を真摯に全うし、次の世界へ転生する事は確かに準決勝と言えるのかもしれないなと思えたのです。 

 

  

 

  

 

 …いや、絶対にセミファイナルって言いだした人はそこまで考えてないと思いますけどね(笑) 

 

 この様に一見関係のない知識が突然繋がってゲシュタルトを構築するような効能もあるのかもしれませんが、この夏の暑さには体力と思考力を奪われないよう努々気を付けるようにしてくださいね。