先日またオーケストラの練習がありました。
以前の記事に書いた、本番を迎えた母校のオーケストラとはまた別の団体で、正直な所この練習の日以前は本番が近い方の曲の練習にかまけていたため、準備不足な感は否めなかったんですが、今回はそんな私に不意打ちの出来事があったんです。
それは、突然のコントラバスの見学者です。
おかしな話だとは思ったんですよね。
今回の演奏会はその団体の定期公演でもなく、正規の布陣とは言えない中で何を見学するんだろうと思っていたのですが、蓋を開けてみるとアマチュアオーケストラの中でもトップクラスの団体のコントラバス主席奏者の人が来ていました。
なんでもコンマスが前のコマの時間一緒に練習していた為流れで呼んだそうです。
いやー焦りましたね(笑)
正直な話、その日は全然弾ける気がしない日だったので適当に流そうと思っていたのですが、そうも行かなくなってしまいました。
やはり、私もそれなりにコントラバスに力を入れている身としてはナメられたくないという感情がありました。
歳も近い人でしたしね。
十全に力を発揮して足りないならまだしも、不完全な状態を見られて見くびられるのはプライドが許しません。
そういったうちに秘めた熱い感情を持って練習に臨んだわけですが、不思議とパフォーマンスは良かったです。
スイッチが切り替わった感じで、休符の数えも間違えませんでしたし、最近裏返りやすくなっていた高い音もきれいに鳴らす事が出来ました。
これも一種の無意識の働きではあると思います。
このナメられたくない、という感情が心からそう思う事であったため、無意識レベルで普段よりパフォーマンスが上がっていたのでしょう。
私がこのブログでよく言っている、動物に近い本能の部分で説明するなら、自分の縄張りを守ろうとしている時の火事場の馬鹿力に近い作用が働いているということです。
この様に本能に近いレベルで危機感や願望等を感じると人は無意識の領域でパフォーマンスを向上させます。
結局この様な、「本能に近い部分を刺激する」事は大事だと分かっていても、思いのほか意識的にコントロールするのは難しかったりします。
ですので、多少強引な技を使っても、環境を変える方が上手く行きやすいんです。
今回も、多分私が事前に見学者の情報を知っていて、「準備しよう」と思っていたら、少なくともスムーズには行かなかった気はしています。
急な来訪を知ったことで、準備のしようがない環境が出来上がったので、音楽への感度が上がったのだと思います。
この様に、自分で逃げ出せない環境を作って、パフォーマンスを発揮せざるを得ない状況を作るのは一つ有効な手段として覚えておいてください。