先日私が所属する空手に正式に弟子入りを果たして、武器術を始めたという話はお伝えしましたね。

 

 この武器術で使う釵に関して、色々と困った話や、興味深い知見があったので、今回はを中心としたお話です。

 

 まず初めに、これまでの記事で当然の様に出していましたが、よく考えたら知らない方も多いのではないかということで、概要として釵のWikipediaページを載せておきます。

 

 

 

 

 世代にもよりますがミュータントタートルズマトリックスで見たという方は居るのではないでしょうか?

 

 中国には筆架叉と呼ばれる物もあり源流は大陸の武術にあるようですが、筆架叉と比べると小さめのサイズのものが、空手発祥の地である沖縄(琉球)では使われていたようです。

 

 まあ単純に現在に当てはめるなら警棒の様な役割ですし、時代劇などで岡っ引きが使う十手の様なものだと解釈していただければ、大きく間違っては居ないはずです。

 

 実際に沖縄でも警察にあたる役人の武器としても採用されていたそうです。

 

 細かい歴史はさておき、現代では琉球古武道等で伝承されている釵ですが、ちゃんとしたものを手に入れるのは難しいのです。

 

 このちゃんとしたものと言うのは実際に打ち合う事を想定した丈夫さや重心の位置で作られたものと言うことです。

 

 ここで私は、武器術の練習用の釵を探し、また師範や先輩方の話を聞く中で一見同じ様に見える釵にも色々と良し悪しがあることを知ったのです。

 

 まずは材質について、現代で比較的簡単に手に入るものはほぼ全て鋳造品なのだそうです。

 

 これは、溶かした鉄を鋳型に流し込み成型するという手法の鉄製品です。

 

 鋳造の技術そのものは大変素晴らしいもので、型を作ることが出来るものなら様々な形を作り出せるため、工業でも大変重宝されている技術です。

 

 ただ、一点問題があるとすれば、鍛造品よりは強度が落ちるということなのだそうです。

 

 鍛造とは鋳造と同じく鉄を熱する事はしますが、溶かすまでは温度を上げず、叩いて成型する技術です。

 

 叩くことで、鉄の結晶の配列が揃い、中にある隙間も埋まるため丈夫な製品を作るのには良いんですね。

 

 日本刀の製法は鍛造に分類されるもので、折り返して何度も叩き上げる事で、シルエットの細さに対して驚くべき強度を誇るわけです。

 

 しかし、鍛造は鋳造よりも手間がかかるため、量産品にはあまり向かないというポイントもあるのです。

 

 結果として、競技人口の問題もあり、簡単に手に入る範囲の釵は演舞用という事で打ち合いを想定していない鋳造品ばかりになっているのです。

 

 鋳造の釵と言っても鉄は鉄なので、基本的にそう簡単に壊れることはないのですが、中には溶けた鉄が固まる際に内部に気泡が残ってしまい、強度が落ちてしまうものもあるそうです。

 

 強度の問題以外にも、実際に打ち合いを想定している釵と、演舞用の釵では重心の位置が違うと師範は仰っていました。

 

 演舞用で重心が手元に寄り過ぎている釵は、確かに回転はさせやすいが実際に棒等と打ち合う際に打ち負けてしまうとのことでした。

 

 今の世の中で武器を振り回す機会等ありませんが、武器の稽古を通して得られる身体操作の感覚もあるわけなので、せっかくならば本来想定された強度と重心の物を手に入れたいものだと感じました。

 

 ただ、こういった鉄の成型方法や重心に関しての知識を得ることで、働く頭の回路もあるのだなという所もあります。

 

 例えば、自分の釵の強度を気にする意識が出来たことで、釵を叩いた時の音に注意が行くようになりました。

 

 そもそも、自分の釵を購入するまでの間、稽古会長から釵を借りていたのですが、借り物の釵は沖縄の老舗の物でした。

 

 自分の釵を購入してから借り物を返すまでに時間があったので、ちょっと釵同士を叩いてみたら音が違うんですよね。

 

 借り物の老舗の釵は音叉のように音が残るんです。

 

 恐らく、中の鉄の結晶構造が均一だから響きが全体に行き渡るのでしょう。

 

 また、あまり音が響かなかった自分の釵も、2本のうち音が残る物と残らない物がありました。

 

 こうして今まで興味を持ってはいたものの、自分一人では辿り着きようが無い部分に興味を持つことが出来て、フレームが増えたとも言えますし、単純に楽しいです。

 

 さらに、鍛造品で釵を作れないかなあという願望で、鍛造の職人さんを探してみたら意外と首都圏にも居たり、と見識が広がる事もありました。

 

 今回の釵の事を調べて、困ったことも見つかりましたが、得るものも多かったです。

 

 そしてこれは釵に限った話では無いでしょう。

 

 興味を持ったこと追求することで見識が広まります。

 

 みなさんも興味を持ったら追求しましょう。