前回は娯楽を楽しむと言いながら、物語一辺倒でしたね(笑)
勿論その他の分野においても「髄まで楽しみ尽くす」事で臨場感が上がるという事は言えます。今回はその他の娯楽の楽しみ方についてです。
実をいうと創作物以外の娯楽の方が臨場感を味わうのは簡単かなと思っています。それは基本的には鑑賞系の娯楽以外は何かしらの接点を持っての体感が有るからです。
とっかかりとしては自分自身が体験している事を余すことなく感じ取る意識を持つだけで充分です。その後に別の視点から眺めてみるのも良いでしょう。
例えば私に関しては熱中している趣味として、オーケストラと空手があります。
まずオーケストラに関しては簡単に臨場感を強く感じられる視点として、奏者と観客という立場があります。
コントラバス奏者としてどの情報を拾ってどのように周りと合わせるか、どのように自分は音を発するのか等々、良い演奏に必要なアンテナを張ることは演奏技術の向上と共に多人数で作り上げる音楽という場への強い臨場感に結びつきます。
そして観客としての視点。どのジャンルの音楽においても何が自分に刺さり、その作品から何を受け取るのか、己の感性を深めれば深める程鑑賞における充実感が上がるはずです。
こと音楽関してはこの観客の視点というのが非常に大事だったりします。最終的に自分たちが出した音がどの様に受け取られるのか。この感覚を持っている奏者は例外なく偉大です。
奏者の視点、観客の視点の他には指揮者の視点、作曲家の視点も意識してみると得られる物が大きく違います。指揮者としての視点を意識するならより俯瞰的な全体のバランスに対して注意が向くようになるでしょう。
作曲家の視点。これはかなり難易度が上がります。作曲当初の感情はどうだったか何を伝えたかったのか等に思いを馳せる訳ですが、生きる時代も違いますし、可能なら当時の社会情勢や作曲家の置かれた環境を学ばなくてはいけません。
とはいえ、まずは持ち合わせの情報だけでも想像するのは悪くありません。作曲家と作品の繋がりを深く深く考えることで、関連する事への想像力も上がりますし、学ぶ意欲も湧くからです。
簡単に四種類の視点を挙げましたがこのうち作曲家の視点以外はやろうと思えば体験できるというのは大きいです。想像で補えない部分が有れば体感を持って学び、それによって感覚の引き出しが増えれば想像力も上がります。
空手に関してはまず指導を受けて自分の体を動かす事から始まりますね。そこで自分の感覚と実際の動きの誤差をよく観察し、練習を繰り返して誤差を埋めていきます。
感覚と動きの誤差が埋まること自体が強い臨場感を持っていると言って差し支えありません。
さらにそこから上を目指すなら組手における相手側の感覚に臨場感を持つ事も必要になってきます。どの様に動けば誘いになるか、何をされたら嫌か、どう動いてもらいたいか。
相手側の臨場感を持ってそれを逆手にとって相手をコントロールしてしまうというのが武術の重要な要素です。先生に技をかけてもらうのも重要な事なんですね。
娯楽として私の趣味を紹介しましたが、さらに他の事でも応用は利きます。
私はやりませんが、ギャンブルなんかもそうです。例えば競馬。お金の動きがあるという観点でも推しの馬の勝ち負けには強い情動を伴います。その感覚をその場だけにせず、後からでも思い出せるようになれたらそれは強い臨場感を持っているという事です。
お金をかけるのが怖いという方は勿論かける必要はありません。それは既にお金が無くなる事に関して臨場感を感じているとも言えますし、その感覚でレースを見て一喜一憂することもある種の臨場感の訓練になります。
ギャンブルとしての競馬だけでなく、疾走する馬に乗るという感覚を想像するのも良いでしょう。今のご時世ジョッキー視点の映像も探せばすぐに見つかるでしょう。そういった所から思いを巡らせるのも有りです。
調教師等の立場に臨場感を持てば推しの馬が大きなレースに出るというだけでも感動を覚えるでしょう。
このように、極端な例も挙げましたが様々な事に関して「楽しむ」という観点から臨場感を得る訓練が出来てしまうのです。
ここで大事なことは、体感したことを後から反芻することです。その時の事をよりリアリティを持って想起出来れば強い臨場感を得たという事になります。
そして強い臨場感の応用は…また今度お伝えします(笑)
とにかく何でもかんでも楽しみましょう!それが一番です。