今回は仕事や趣味等ジャンルを問わずに何かと向き合うことについて必要な思考に関してのお話です。
「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ」
というのはメジャーリーガーダルビッシュ有選手の言葉です。もう10年も前の言葉にも関わらず何度も取り上げられるのはそれだけ人の心に響く物があるということでしょう。
練習や努力が嘘をつかないという言葉はどこが発祥かは分かりませんがスポ根漫画等で多く取り上げられていたイメージがあります。
実際の成功者の中でもひたすら練習を積み重ね、栄光を掴んでいる人は多く居るでしょう。
別の視点で見れば、平凡な一個人が並々ならぬ努力を重ねて成長していく様は、人の心を打つものがあるので支持されるということもあるでしょう。
実際私も大きな成功というわけではありませんが、楽器に関してはがむしゃらに練習した学生時代があったからこそ今の自分があるとは感じています。
しかし、この努力、練習量に関する考えに対して斜に構える人たちは一定数居ます。実際に努力を積み重ねてもなお夢破れる人は多いですし、成果を得られなかった人も居るのでしょう。
確かに分野を問わず、高い能力を有している事が必ずしも成功に繋がらない事はあります。プロのオーケストラ奏者が良い例で毎年音大から卒業する人数に対してオーケストラの席そのものが空いていないということがザラにあるからです。
例に挙げた音楽家のゴールがプロオケに所属することであったならそれは運の要素もあって能力が結果に結びつかないといったことはあります。しかしそれでもスタートラインに立つ段階で高いパフォーマンスが示せることは大前提となるのです。
先に挙げたダルビッシュ選手の名言はパフォーマンスに関することです。練習をただ形式として意味を考えずに積み重ねても無駄ということです。
これはある意味真理とも言えるのではないでしょうか。どんなに権威のある存在からの指導であっても、それどころか実際に効果の高い練習法であっても、自分自身に消化出来ないものは身につきません。
そこに練習に対して信じることと盲信の違いがあります。
盲信とは「〇〇さんに言われたからとりあえずやる」といった程度のものです。その気持ちの大小は関係有りません。どんなに強い信仰があったとしても、自分の納得ではなく、他者の権威しか見ないでいるものは身につきません。
例えるならオーダーメイドの服のような物です。誰かに合わせて作られた服を自分が着ても、よほど背格好が似ていない限り似合いません。同じモデルであっても自分に合わせて作り直さないと真に自分の物にならないのです。
では正しく信じて練習するとはどういうことなのか?それは自らが求めている物が何か、その道筋は何かを考えながら進み続けるという事です。
出来るようになりたいことが出来るようになると信じた上で、今自分に何が出来て何が出来ていないのか、課題は何かと思考を止めずに進む事が達成への道なのです。
運を除いたパフォーマンスにおいてこれが最も重要ですし、ここを本当の意味で違えなければ先へ進めるはずです。
先へ進めない時は、何か方法が間違っていることに気づいていないだけなのです。そんな時は、大きく方向転換する事も考えなくてはいけません。
しかし、そこで仮に道が間違っていたとしてもそれを無駄にするかどうかは自分次第です。誰かを導く時にその道を避けるようアドバイスが出来たり、別の場面で同じ轍を踏まずにすることに使えるかもしれません。
信じることと思考を止めないことはセットです。努々忘れないようにしましょう。