(以下は身内の個人的な話および私自身の回想で、H&M30の技術的な・有益な情報は『何一つ』ありません)
先日、超久しぶりに実兄に会った。兄は私と違い、Fender USAのストラトを持っている。
「最近、ギターどう? アンプ何処かで鳴らしたいね」
と言ったら、アンプは、前回の引っ越しの際に、奥さんに、捨てられてしまったという。
「!!???、エレキギターはアンプまで含めて楽器なのに、何でそんなことになる???」と私が訊くと、
兄は奥さんから
『あなた、これ(アンプ)、今まで一度でもちゃんと音出して使ったことある??ないでしょ!!』
と言われ、何も反論できなかったのだと。
さらには奥さんは、そういう『何だかわからないが使わない、機械みたいなもの』が家にあることが、イヤなのだそうだ。
勢いでLINE6のFLOOR PODまで捨てられそうになったが『いやいやこれだけは、どうかお慈悲を』と、何とか残したと。
殆どの家庭で、夫婦の力関係は、年齢とともに奥さんのほうがずっと強大になってくるが、兄宅もその顕著な例である。
そのアンプへの思い入れは、もしかすると兄よりも私のほうがずっと、深かったかも知れない。その捨てられたアンプは、若い頃に私が楽器店に買いに行ったのである。せめて、誰か使う人の手に渡って欲しかった。。
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H&M30は80年代に、アマチュアが手にできる価格でマーシャルの音が出るアンプとして、発売された。
日本のギターレジェンド成毛滋さんが監修してGuyatoneが開発した、プリアンプ真空管の、伝説的なアンプである。当時の価格4万5千円。今でもマニアには人気で、中古市場で2万円くらいで取引されている。
当時、ラジオ文化放送のパープルエクスプレスで、成毛さんがこのアンプを紹介していた。
80年代、東京でビンボー学生をやっていた私はラジオでこれを聞いた。子供の頃に田舎でギターの音に腐心して、歪エフェクターを色々自作しながら、あーでもないこーでもない、とやっていた私には、このアンプの話は非常に魅力的だった。すぐに関西の兄に電話して、要るかと訊いた。
アンプは渋谷の河合楽器で、予約販売するとのことであった。私はちょうど予約開始日に新宿の工事現場でバイトをしており、休憩時間に公衆電話に走って、兄と私のぶん2台を予約した。
発売当日に渋谷に行き、アンプ2台を受け取った。重量は11kgもあって、2台を持つと両腕が抜けそうだったが、電車で杉並区の下宿まで、休み休みしながら冬なのに汗だくで、何とか持ち帰った。1台を、その年の春に上京してきた兄に渡した。
私の下宿は木造でボロボロのため、音量を下げてもとてもこのアンプは鳴らせないので、杉並区公民館の音楽室へ何度か鳴らしに行った。音楽室の予約に団体名が必要なので「世界の演歌クラブ」なんて適当な名前で。
大音量で鳴らすとほんとに、目から鱗という感じだった。ギター直で、アンプだけで、レコードと同じ音が出る!!最初からこういうアンプを使っていれば、音色に悩む必要は何もなかったわけだ。
そのうちにギターも弾かなくなってしまい、私のアンプは手放してしまった。あと1台は兄のところにずっとある、と思っていたのだが・・・
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神奈川の粗大ゴミ処理場で、兄はそのアンプH&M30とFender JapanのストラトSST-314(これも80年代の超人気機種)を、破砕処理機の中に、自分の手で、投げ入れ(させられ)たのだそうだ。
その光景を想像して私は、気分が悪くなった。(写真はイメージです)
・・・グウォングウォンと不気味に唸り回転する巨大な破砕処理機の破砕歯の渦の中に、アンプが転がり落ちていく。頑丈な木製キャビネットも、強靭な鋼製の破砕歯の前には、ひとたまりもない。バキバキと音を立ててキャビネットは凹み砕け、精密な電子回路の入ったシャーシは回路基板とトランスを抱いたままグニャリと曲がり、アンプの音色を担ったプリ真空管12AX7が「パン!」と小さな音を立てて割れる。大型スピーカの金属フレームも、一瞬でぺしゃんこだ。
地獄図絵のようなこの場では、ギターの色白なメイプルネックはまるで女性の細腕のようだ。あっという間に破砕歯に掴まれ、ネックが次第に捻じれ曲がるとともに、プツプツとフレットが浮き上がる。さっきまで楽器としての精度を保っていたトラスロッドとネックの木材が擦れて、苦しい断末魔のような高い音がした直後、ネックはバキッと音を立てて降参した。続いて頑丈なボディも、この凶暴で非情な渦に成すすべもなく、挟まれ砕かれていく。
そして、すべては暗闇に飲み込まれた・・・
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若いころ頼もしかった兄は、不遇にも今は身体を悪くしてしまい、奥さんのお世話になっている。兄は奥さんに面倒をみてもらうことの代償として、長い間ずっと大事にしてきたギターとアンプを、自らの手で、まるで生贄のように差し出さざるを得なかったのだろうか?
兄にその話をしたら「スティーブン・キングの小説に出てくる、倒錯した登場人物のエピソードみたいだ」と寂しく笑った。
(おわり)