戦国時代キリスト教関連の本を相も変わらず読んでいるが、
自分の知識不足を痛感することがある。
一応専門の研究者の方が、一般向けに書いているはずの
本なのだが、いやもう難しい。
キリスト教の知識は勿論、仏教の知識も必要になってくる。
当時多くの日本人が仏教からキリスト教に改宗した理由を
探ろうとするなら、当然仏教知識も必要だ。
その通りだ。わかる。
だが当然これぐらい知っているよねという感じで
当たり前に書いてある仏教のことが俺にはわからない。
キリスト教がわからないのはある程度仕方ないにしても
長らく日本人やってて仏教にもなじみがあって
まったくわからないのはなかなか問題だ。
これから少しずつにはなるだろうが、仏教の本も読むことにしよう。
そしてもうひとつ知識を必要としているものがある。
漢文だ。
当時の日本側の資料は当然漢文で書かれている。
そしてその漢文が当たり前に掲載されている。
これも読めることが前提なので訳は勿論、書き下し文すらない。
だが漢文が読みたい。原文を読みたい。
こんなことなら学生時代ちゃんと勉強しておけば
よかったとよく聞く後悔もしてみた。
まあ資格勉強もしなくてよい状態になったので漢文勉強するか。
なんかこういつも暇なようで何かしらやることがある日々だ。