宵山! 宵山♪ | セーラの日記

セーラの日記

まっすぐ前を向いて 2匹の猫と共に

優先すべき用事はあるけれど、そこに季節のイベントがあるのに 行かないのは何とも勿体ない気がして・・・
全て 『後で~~!』と置いといて 祇園祭に行ってみました。
目的は2つ! 
菊水鉾の茶席に行くこと。
月鉾の粽(飾りちまき)を買うこと。

沿道の各店も店開きし、屋台も沢山出ているけれど、<茶席>があるのは
菊水鉾だけだと思うのです。
この鉾自体が名水<菊水の井>にちなんで付けられ、菊の露を飲んで700年の長寿を得たという菊慈童を祀ったものだからです。

裏千家・表千家・遠州流が日替わりで茶席を担当し、お茶菓子も 有名な<したたり>です。 これも菊の露に因んだものでしょうか。
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ところで 一般にはほとんど知られていないが、京都には<配膳司>というプロ集団がいる。 
伝統の世界と深く係わり合って存在する 男性の職業で 京都にしかいないそうです。

配膳司がいなくても済むけど 居るか居ないかで<格>が違う・・・というところがいかにも京都らしい・・・ですな。
菊水鉾の茶席には この配膳司さんがいるのですよ。

誰でも どんな服装でも チケットさえ買えば入れる簡易な茶席ですが、
きっと <そ・れ・な・り>の世界をちょっと垣間見ることが出来る場なのだと思うのです。

*配膳司さんについてのインタビュー記事がネットにありましたので、後ろに付けておきます。 興味がある方は読んでみてください。

この日は遠州流のお手前のお茶を頂いて 次は四条通りに出て 月鉾の飾り粽を・・・と思いましたが、行き交う人で身動き出来ない状態に 月鉾まで行くのを諦めて 菊水鉾の粽を買って帰りました。

ますます増えてくる人波の中を歩きながら ふと ニースのテロを思いました。 世の中にはどうしても理解し難い価値観があり、相容れることはあり得ないのでしょうね。

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** 私らは「配膳さん」と呼ばれています。配膳司という仕事、全国を探しても京都だけにしかないと言われる職業ですが、いうても若い方はご存じないかもしれませんな。
 現在、配膳司は得意とする分野別に3グループがあります。主に茶道関係の配膳を務めるのが私のグループで、ほかに能楽の裏方を務める配膳司、冠婚葬祭や祇園祭などに携わる配膳司もいます。かつては呉服展示会といえば配膳司がつきもので、また料亭専属で何十年という方もいたものですが。
 
私らは行事や宴席を陰で支える裏方です。早朝からの準備に始まり、会場では紋付袴姿でお客さまをお迎えします。下足番、荷物預かりから水屋手伝い、料理になれば膳組み、膳出し。そうして行事が滞りなく運ぶよう主客双方にこまごまと気を配り、最後にはお客さまを心からお見送りする。いうたらハレの日のための何でも屋みたいなところがありますが、何が専門かといえば京都流のおもてなし。目に見えないことが多いですね。
 配膳司は表に出ず目立たず、陰の存在に徹します。別に配膳がおらんかて行事は行えます。しかし京都には、配膳司がつくかどうかが行事の付加価値とされるような文化があって、そのおかげでこの職業が成り立ってきたのやと思います。臨機応変、融通無碍(ゆうずうむげ)な配膳司の仕事は、京都によう合うてたのでしょうか。
 
とはいえ私らは「最後の配膳」といわれて久しい、それくらい配膳司の数は減りました。それでも少数ながら生き残っているのは、京都の伝統世界が変わることなく配膳司を必要としてくださるからです。私らの仕事は目に見えるところでは代わりがあっても、それだけやない。そこにはもてなしの極意みたいなもんがあって、それが京都の文化と違いますやろか。


いま京の配膳司は親方、弟子を含め総勢20人余りでしょうか。3グループは親方を代表に、それぞれが弟子を持ちながら互いに協力し合う関係です

もてなしの極意をひとつ
できれば下足札をお渡しせず、お顔を見てサッと履き物を出したい。おなじみさんのお茶会では、今でも100人前後のお客さまに下足札なしでお応えしています。

後継者は息子が三代目として20年ほど一緒にやっています。うちでは息子の友人、息子が4850歳で最年少。親子三代配膳司は京都でも初めてです。