買い物に行くと クリスマスソング一色だった店のBGMが 一晩でコロリと変わった。
『もうい~くつ寝ると~ お正月♪』
一時期流行った 『サカナ サカナ サカナ~~』と同じく スッカリ頭に刷り込まれていて 掃除しながら ふと気がつけば 『もう い~くつ 寝ると~』と歌っている自分に気がついて可笑しくなる。
そして 鼻歌が出るようになった自分に 時間の流れも感じる。
昨夜・・・というか 6時間ほど前だが、京都南座での顔見世をテレビでやるので見ようと思って待っていた。
始まるのは21時半からで ニュースでもと思ってNHKをかけていたら 21時から NHKスペシャルが始まった。
貧困の連鎖・・・家庭の収入が低いと子供にも満足な医療や教育を受けさせることが出来ず その子も学校に行かなくなったり中退したりで また収入の低い仕事にしかつけない。 あるいは 経済的な理由で進学を諦める子もいる。
21時半になったけど ここで チャンネルをホイッと 歌舞伎に切り替えるのもためらわれて そのまま見ていた。
この時期 正月を海外で過ごす人たちで出国ラッシュのニュースの一方で お金さえあれば・・・と泣く女性。
ある女性の以前の写真は <幸せな奥さん>そのものだった。
離婚で子供2人とシングルマザーの生活に陥った。
食べるため 生きる為に 彼女は必死で働く。
以前には 老人の貧困 国民年金では暮らせないという実態をやっていたけど どちらも 余り見えないけれど 確かに身近にある現実なんだと思う。
生活保護制度を悪用する人も多いそうだけど 本当に切実な人もいる。
我が家にも貧しかった時代はある。
数代前に放蕩息子がいて ほとんどの田畑が他人の手に渡ってしまった。
それでも まだ田舎ではサラリーマンが珍しかった時代に祖父は三つ揃えを着る生活をしていて そこそこの収入はあったそうだ。
その祖父は若くして結核で亡くなった。
そこから 父の時代は貧しかった。
祖母は 子供3人を抱えて それこそシングルマザーになったわけだ。
私が子供の頃は 一番 貧しかった時代らしい。
それでも 父と母は私の教育には 何を割いてもお金を出してくれた。クリスマスプレゼントは いつも本だったし ノートを買うお金も言えばいつもくれた。
子供の頃の記憶に 両親が喧嘩をした後 父が私を抱いて泣いたのを覚えている。
『金さえあれば こんな事で喧嘩をしなくても済むのに・・・』
そう言って 父は泣いた。 私は2~3歳だったのだろうか。
父と母は 子供の為により良い生活を求めて 四国から大阪に出てきた。
私が 小学校5年生にあがる前だった。
私の今の生活は 父と母が ここまで押し上げてくれた上にある。
あのまま田舎にいたら 同級生と一緒に看護学校に行って看護婦さんになっていたかも。(^^ 今頃は婦長さんで定年退職だ~。
自分は 貧しくて苦労した事は無かった。 貧しさは 父と母がみんな引き受けてくれたから。
では 私の役割は・・・?と 改めて考えた。
もうい~くつ 寝ると お正月~♪