<私の好きなモノ>の中にファイルされた一篇の詩。 <京都人の夜景色>
ま、綺麗やおへんか どうえ このたそがれの 明るさや暗さや
どうどっしゃろ 紫の空の色 空中に女の毛がからまる
ま、見とみやすな よろしおすえな
西空がうっすらと 薄紅い玻璃みたいに
どうどっしゃろ ええなあ ほんまに綺麗えな
きらきらしてまぶしい
灯がとぼる アーク灯も電気も提灯も ホイッスラーの薄ら明りに
あては立っている四条大橋 じっと北を見つめながら・・・・
朗読やアナウンスに興味のあった私ですが この詩に出会った時に 感じたのはイントネーションの<大きな壁>
生粋の京都人で無い私が読むと どこかアクセントが違っていて 京言葉のニュアンスが出ない。
東京のタレントが関西弁を喋っているような 違和感。
この詩は 私にとって いつか心を込めて音読してみたい<京言葉の詩>でした。
ただ、作者の事は まったく眼中に無かったのが たまたま昨日 見ていて その名前を知り またまたショックを受けました。
作者の名前は<村山槐多>。
この名前を知る人は 22歳で亡くなった彼の独特の強烈な画風の絵をご存知でしょう。 私はちょっと苦手なタイプの絵です。
しかし、あの絵を書く彼の手から 同時に こんな細やかな詩が産み出されている事に 少なからぬショックを受けました。
もしかしたら・・・彼の絵の中にも また 私の知らない タイプの絵があるかも知れないと思いました。
多彩な面をもつのは 彼ばかりではないでしょうね。 人はそれぞれに 色々な顔を持っていると考えさせられました。
新しい年は 短絡的な自分を改めて 冷静に物事や人を見ることを心掛けたいです。