私の故郷は愛媛の山奥です。 こ~~んな山が目の前にど~~~ん!とあるのです。
私が小学校4年生の時に 父は ここでの暮らしに見切りをつけ、大阪の親戚を頼って出て来ました。
まだ、村は活気が有り、実力者がのさばり 都会に出て行く者は少なかった時代です。
長男でありながら 先祖伝来の山林・田畑を処分し出て行く一家に 村の人たちの視線は冷たかったそうです。 <どうせ戻って来るサ>とばかり。
父は叔父の紹介で三菱ガス化学に入り 遅いサラリーマン生活をスタートさせました。 一家を支える為に一生懸命働き とうとう大阪に根を張りました。
私達が村を出た後 高度成長期に乗って 都会への人口流出が始り 今、故郷は 老人ばかりの限界集落になっています。
私の同級生は誰も村には残っていません。
父の友人達は ほとんどが亡くなりました。
だんだん 縁の無い場所になって行きます。
御墓参りの後 屋敷跡に行って しばし 休憩。
台風が来ると 実が落ちるのが嬉しかった梨の木も なつめの木も まだ有ります。
私の生まれた時に植えた桜は つるに巻かれて枯れてしまっていました。(T_T)
私にとって故郷は <遊んだ記憶>しか残っていませんが、父が残した物が 2つ有ります。
その一つはこの句碑です。 父の俳句仲間の方々が建てて下さったものです。
もう一つは 故郷のお寺に納められたこの観音の刺繍です。
弟の冥福を祈って 父が作成した刺繍の観音です。
(父は 本当に いろいろな面で才能のある人です。 私は・・・残念ながら 母似です (^^ゞ )
これらが有る限り 私にとって故郷は<帰る場所>であり続けると思います。