
インドなんて二度と行くか!ボケ!!―…でもまた行きたいかも
購入日…2014/8/31
最近、海外への旅行欲がふつふつと高まりつつある。
海外と言ってもツアーパッケージされた旅行ではなくて、いわゆるバックパッカーというやつに僕も挑戦してみたくて、最近いろいろと本やネット上で体験記を読みあさっているわけだけれども、インド旅行について書かれたこの本の評判が高かったので購入してみることに。
タイトルからだいたい察しつくとおり、完全に好き嫌いを二分する本でした。僕は嫌いです。
とっても読みやすくて面白くはあるんだけれど、逆に言えば内容は安っぽいし誇張しすぎだしで、2chまとめのような内容の本だった。
うーん、面白く書く事も誇張することもそれ自体は全然問題ないんだけれどさ…
けれども、やっぱり他国の文化を紹介することって、あまり安易にやるべきではないんだ。
世界中には様々な文化の姿が存在している。僕らは「食事は箸やスプーンなどで行う」と思っているけれど、インドには「食事は右手で行う」という文化が存在している。
その文化のあいだには、どちらかが優れているだとか劣っているだとかいう差は決してないんだ。
こういう考え方を「文化相対主義」と呼ぶ。
では何故、インド人はそもそも「食事は右手で行う」のだろう?
文化相対主義的考え方でこの問いを答えると、インドにはそういう文化が存在しているから…日本とは文化が違うから…という答えになってしまう。それではただの思考停止であり対話の断念にもつながる。
そういう問題点を踏まえて、インド人はなぜ「食事は右手で行う」のか?そもそもなぜ我々は「食事は箸やスプーンなどで行う」のか?などと問い詰めていく考え方のことを「反文化相対主義」と呼ぶ。
さらに話を深くして「反=反文化相対主義」なんて言っている人もいるんだけれど、それは一先ず置いておいて…
話を本題に戻すけれど、こういう本だけに限らず、テレビでの鉄板ネタである他国の文化を紹介するバラエティ番組のようなものにも言えることだけれど、そのような場では、しばしば他国の文化を卑下したり哀れんだり、はたまた絶賛したりなんていう事がしばしば行われているんだ。本人らにそのつもりはなくてもね。
それでは前述した「文化相対主義」どころか「自文化中心主義」的考え方だ。
インド人はトイレを左手で洗浄するから野蛮だ、とかフランス人は洗練された食文化を持っているから素晴らしい、だなんて言う自分の文化を中心に他国の文化を捉えようとする考え方は非常に危険だ。
けれども残念ながら、現代でもこういうふうに他国の文化を紹介する媒体はあまりにも多いし、この本も自文化中心主義的考え方でインドのことが書かれていた。
それだけが非常に残念だった。
すごく話は脱線するけれどさ、個人的には道徳の授業なんかやめてもいいから、文化人類学とかそれと関連する、社会学、言語学、ユング心理学、実在論と唯名論…などなどといった世界のものの見方、捉え方、考え方を鍛えるトレーニングを幼少のころからしていいと思うんだよな。
そういうものの捉え方を鍛えるのが真の学問である、なんていう意見は少し強引すぎるかな。
しかし21世紀にもなって、未だに娯楽もののコンテンツの内容が19世紀のころの思想から何一つ進化していない様子を見ると、そんな強引な論調もしたくもなるのです…。
