「これ、見ますか」

「ええ」

それは、緑の稜線と岩山が交互に続く雄大な景色をバックにした、家族写真だった。

「美友が部屋に置き忘れて行ったらしいです」

王の説明にうなずいた馨は、あらためて写真に見入った。

美友の祖母が生きていた頃の家族写真のようだった。

人々の中央で赤いオーバーを着込んだ小さな美友の手をひいて、心持ち首をかしげるように微笑んでいる老女が英蓉だと言うのはすぐにわかった。赤銅色に焼けた頬、銀白色の髪を律儀に結い上げた小柄な女性である。貝のように皺のよったつぶらな目はいかにも思慮深げで、素朴で優しい人柄をかいま見せていた。父の偉は、色黒の無骨などちらかというと物静かな感じのする青年で、居並ぶ村人たちに比べて群を抜いて体格がよかった。思えば美友が生まれた時、彼はまだ二十歳かそこらの若い青年だったのだ。偉に寄り添うように立っている、三つ編みに結った髪を肩にたらたし真っ赤なジャケット姿の美友の母親は、少女のように幼げだった。いつも遠くを見すえているようなつぶらな瞳が美友そっくりだった。

「美友はお母さん似なのね」

「そうみたい」 

それから、今思いついたみたいに王は言った。

「慌てていて忘れていったらしい。絶対届けてあげてねって明燕が」

人の良い王に内心呆れながらも馨は納得したようにうなずいた。

「王くんは、これからどうするの」

「大学に戻ります。夢をかなえるために頑張ります。日本が、昔、頑張ったようにね」

その時104便の搭乗手続きを促す放送が流れた。

馨はすかさずトートバッグから取り出してきた紙袋を手渡した。

「これ怜子から。美友の分もこちらに入っているわ」

祗園、原了(はらりょう)(かく)の黒七味と、夷川の五色豆。黒七味は十一人の食事を一人できりもりしているという祖母へ、五色豆は、もちろん小さな子供たちのお菓子用で、彼には兄弟姉妹はいないけれど、親類縁者の中には、子供を三人も四人も持つ人がいるらしいのだ。

「これはわたしから」

三つ目の小さな袋には、村上春樹のエッセイ集と東野圭吾の短編集が入れてあった。

「東野圭吾の短編集は美友に渡しておいて」

「僕にはエッセイですか」

中をのぞいて王が冗談交じりにむくれる。

「村上春樹は実はエッセイが面白いの」

「二冊とも読みますよ。読めば、カオヌ先生は僕を褒めてくれる」

「先生なんて言わなくていいの」

目が合うと思わず黙り込んだ。何か言うべきことがあったような気がするのに、言葉にすることができなかった。王はボストンバックに紙袋をしまいそれを肩に掛けた。

「それじゃ、僕、そろそろ行きます」

馨はうなずいて王のあとに続いた。チェックインカウンターまで来た時、こみ上げるものを吐き出すように言った。

「お願いがあるの」

「なんですか」

「たった一度きりのお願いだから、嫌と言ってはだめよ」

「は、はい」 

にやついた王は、まるで友達の悪戯が今にもはじまろうとしているのを、待ちかねている悪戯っ子のようだった。

「抱きしめていいかしら、あなたを」