季節外れの仁義なき闘い・壱 | 固茹日記

固茹日記

はーどぼいるどな俺がお届けするロマンティック活劇的日常

1999年12月5日付

~実録・深夜の決闘~

街にはクリスマスソングが流れ
夜空の主役がオリオン座に代わる季節がやってきた。

その夜、俺は眠れずにいた。
彼女との深夜のラブコールをすませ
暖房にタイマーをかけ、加湿器のスイッチをオンにした。
近くの海から吹きつける強い風は周りの木々を揺らし、
月、そう、確かに月が出ていた。
眠るには最適な夜のはずだった。
快適極まりない室温と湿度。
だが、俺の目は開いたままだった。
あれはデジタル時計が2:00を示した頃だった。

「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」

ま、、まさか、、、

「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」

はっ。
こ、、この音は。慌てて飛び起き電気を点ける。
しかし、想像していた奴の姿は見えない。
『そうだよな、気のせいだよな』
少し焦り気味の自分を慰めるように独り言をつぶやいて
俺は電気を消し再び部屋に暗闇を呼び寄せた。
5分ほど息を殺していたが何の異変もない。
やはり気のせいだったのか。
『明日は早いんだ、もう寝よう』
昂ぶった感情をなで下ろし、ベッドに横たわる。

「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」

『な、、なにぃ~??』
奴だ。奴が来てるんだ。畜生。こんな季節になんで奴が。
本当なら考えられない事だ。でも奴がいるのは事実なんだ。
快適な生活を求めた結果、
自然界の法則まで崩してしまったと言うのか。

俺の脳内では凄まじい勢いで思考回路が回転していた。
『不精な俺が夏の終わりにしまい忘れたものがあるじゃないか』
『いや、あれを使うのか?奴は憎むべき相手とは言え
妊娠中のメスだぞ、なのに俺はあんな卑怯な道具を使うのか?』
『馬鹿いっちゃいけない。あれさえ使えばまた快適な夜が戻るぞ』
『駄目だ。おい、俺はそこまで卑劣な下衆野郎なのか?
男だったら正々堂々と勝負しろよ』
俺の中で天使と悪魔が激突していた。
しかし、悩んでいる時間的猶予はない。俺は決断をした。
『俺も男だ、奴には正義の鉄槌を下してやる。
そして、自らの手でまた、あの平和な夜を取り戻すんだ。』

そうと決まれば臨戦態勢だ。
俺はいつでも両手が使えるように掛け布団の両サイドから
やや短めの腕を伸ばして出した。
『さぁ来い。』

「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」

『来たな~勝負だぁ~とぉ~~~~~』
ばしっ。

痛い。
失敗だ、上腕筋と胸筋のバランスが悪かったのか
私の両手の平は空を切り、そして、奴は捉えられなかった。
くそっ、
こんな事ならダンベル運動毎日欠かさずやっとくべきだった。

その後、奴は3回ほど俺に急接近をしてきたがそのどれも
逃してしまった。特に最後の一回は俺の右頬あたりを旋回し
痺れを切らした俺は
思わずみずからの頬にびんたを食らわしてしまった。
この頃になると俺の体に異変が生じる。
おかしい、さっきまで殺気立っていた神経の一本一本が
麻痺してきている。っくっ、こんな時に…。
そう俺には新たなる敵、睡魔が襲いかかってきていたのだ。

「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」
「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」
「んぁ~ぅ~~~ぁう~~ん~~~ぁ~~」

おかしい、全神経を両耳にかけすぎた結果、
俺のキュートな耳は幻聴をきくようになっていた。
駄目だ。俺はふらふらと立ち上がり電気を点けて
部屋中を見渡した。
しまった…。
なんで俺の部屋の壁は真っ白じゃないんだ。
なんで俺の部屋の天井はこんな複雑な幾何学模様なのか。
これじゃ奴が止まっていても見つける事が出来ない。
ね、眠い。
薄れゆく意識の中で俺は敗北感に打ち拉がれながら
鉄の固まりのように重くなったくっきり二重の瞼を閉じた。

翌朝、俺は猛烈なかゆみの中、目を覚ます事となる。
やられた。
よりによって右手の薬指と小指の間に、
よりによって左手の中指の第二関節あたりに、
よりによって左足の親指に。
確かに夏と違ってこの季節は肌の露出が少ない。
しかし、指はかゆい、かゆすぎるのだ。
そして、鏡を見る。
俺は愕然とした。そしてこう叫んだ。
『顔はやめて~女優なんだかだぁ~~~~』
チャームポイントの太い眉の上、
鈴木保奈美のようなプチプチとした唇の右下。

奴はそのもっているチカラをいかんなく発揮し
俺の体から血を奪い去っていった。
完敗だった。
俺の頭であの耳障りな長@剛の『♪~乾杯』が
流れていた事は言うまでもない。
まるで貞操を失われた生娘のように
自分を慰めるように被害を受けた場所にラナケインを塗りながら
俺は誓った。
『今夜は必ずケリをつけてやる、覚えとけよ。』
そうだ、ケリをつけてやる。
奴に安眠を妨害された数億の民の為にも、
奴の感染力を前に人生の幕を下ろさざるをえなかった
【野口英世】先生をはじめとする偉人さん達の為にも。
男としてのケジメ今夜、必ず…。
そして、俺は霜が降り始めた地面を踏みしめながら
今夜の対策を考えた。

【つづく】