昨日に続いて、『現代に生きる森田正馬のことば』を左手に用意して、

『森田正馬全集第五巻』を読み進めることについて、思うところを記します。

森田正馬全集は、全巻で7巻で、一巻当たり800頁程の分厚い本です。

 

読み物と違い、「自身の生き方」を探索、考察するので時間をかけて読むのがよい。

「形外会」というのは、森田先生の直接指導を受けた方のアフターケアを意味する、

関係者の座談会で、森田診療所に入院(病院とは少し違う)して、立ち直った方が主な

出席メンバーである。形外とは森田先生の雅号です。

 

第一回が昭和4年12月1日に開催され、66回(12年4月25日)までの記録で、

これは、入院経験者である水谷啓二さんが記録係となっている。

水谷先生は、熊本県八代中学から第五高等学校に進学し、東大経済学部に進学した。

中学から高校にかけて、神経質のデパートのように、いろいろな神経質症状に苦しんで、

それが、あまりにも辛い症状なので、一時は生きることを諦めかけたという。

 

上京して神田の古書店街を巡っていた時、森田先生の著書『神経衰弱と強迫観念の根治法』の、

本に出合って読んだところ、自分を苦しめている症状が実は「神経質」から形成されたと知る。

そこで、森田先生に診察を仰いで入寮して生活指導を受けたのであった。

 

 

形外会は森田診療所に入寮経験者の退寮後の経験談を語り合いの場である。

そこでは必要に応じて森田先生が解説や助言をしている。

現在の「生活の発見会」の「地区集談会」は、この形外会をモデルとして開催している。

一般的には「救っていただいた」という言葉が、そのまま当てはまるようである。

これは「命拾い」の実感で、経験者でないと理解困難かもしれない。

 

森田先生が直接指導した方には、後に東京大学の医学部に進学し、

卒後精神科医となって、入院施設を創設し、多くの神経質者を立ち直らせた、

鈴木知準(とものり)先生をはじめとした、多くの社会人成功者ともいえる方々がいる。

私が森田療法と出会ったのは、東大文学部教授だった辻村明先生の体験談を読んだこだった。

 

ごま書房の『私はノイローゼに勝った』という、そのものズバリの題名の本であった。

高崎市の書店で見つけたのだが、レジに向かうことに躊躇した思い出がある。

そうなのです。ノイローゼ患者(?)は、心の中の懊悩を隠そうとします。

だから、レジの方に「この人は?」と変に思われたくないという意識が先立つ。

治ってしまえば、私のように顔写真や本名でも別に気にしません。

 

私がこのブログを書いて、300ほどの投稿をしたが誰も不思議がりません。

むしろ、お礼の感想文や助言を求めているようなコメントが寄せられます。

「ノイローゼは病気ではない」というのが、森田療法の基本です。

 

厚生労働省の事務次官をされた村木厚子さんの「私の履歴書」を読んだ。

ご本人曰く、対人恐怖的な性格があったとご自身を振り返っている。

森田神経質で悩む方の多くは、「対人恐怖症」である。

対人恐怖症は、日本人に多く欧米では少ないそうである。

文化的な価値観や意識・生活形態が背後に潜んでいるそうです。

 

必要以上に、他人からの眼を意識する。

その結果、変な人だと目られたくないという願いが先立ってしまうのだ。

俗に「人みしり」という、いわゆる「恥ずかしがり屋」なのである。

それが、異常人格と自分で勝手に思い込んでいる。

 

森田先生は、恥ずかしい気持ちはそのままで、必要な行動をしなさいと教える。

私は、群馬の寒村の出身で小学校の同級生が11人の、分校の出身者です。

ですので、前橋や高崎に行くとなると、他国に行くような緊張感を覚えた。

こうしたことにコンプレックスを抱くのを「劣等感的差別感」という。

高良武久先生が名付けた、一種の性格傾向を云っている。

 

森田療法は、神経症と云う「認識の誤り」を正して、自然体で生きろ!

そんな教えと私は理解しています。

人見知りや、遠慮で行動に躊躇してしまう人に多いようです。

恥ずかしい気持ちや気後れは、一時の感情であるかもしれない。

それは、行動することで解決するのであります。