森田療法を学ぶということは【神経症の本態】を理解することから始まる。

【不安を取り除こうと闘う】と、大相撲でいう、15戦全敗という結果に、必ずなります。

なぜ勝てないか? 【果てしない葛藤】に疲れ果てて、人生の将来が【迷路に入り込んだ状態】となります。

つまり、「蟻地獄の精神状態」で、独り相撲の悪あがきをしている状態なのであります。

 

その本態を解明して、精神的蟻地獄からの脱出方法を教えてくれたのが、森田正馬博士であります。

神経症とは、神経質と森田先生が名付けた性格の特徴を持つ人が「陥る・引っかかる」精神的葛藤状態です。

果てしない葛藤は苦しいものです。

あまりの苦しさに、死んでしまいたいとさえ考える人もいますが、実はそれは「自分の本心ではない」のです。

神経症で自殺する人はほとんどいません。

「よりよく生きたい」願望が根っこにあって、それが自殺をさせないのです。

 

あからさまにいえば、「神経症」が原因で死亡はしません。

その治し方を学んで、実行することで脱出できます。

葛藤の苦しさから解放された心の状態は、「私の心に春が来た」というような、悦びを心底味わえます。

 

 

神経症になったのは仕方ありません。

だが、未来は生き方の選択で、いかようにも選択の方法はあります。

しかし、過ぎ去った過去は変えられません。

せいぜい「忘れる」程度なのですが、実はこれが大事なのです。

河合博博士は【神経質(症)がよくなることは忘れることである】と解説しています。

 

以下は、森田生涯さんのブログでのつづりであります。

大変よく整理された文章なので、理解しやすいですね。

よく読んでみてください。

症状を形成する心のメカニズムについて私は2点あげたい。

一つは不安、恐怖、違和感、不快感に対する認識の誤りが神経症を招いていると思う。
不安の裏には欲望があるというのが森田の考え方なのである。
普通の人は、いろんな不安を抱えながら、日常茶飯事、仕事、勉強、介護、近所付き合いをしている。つまり不安に振り回されないで、生活を維持することに精力を傾けている。
そのことを森田理論では、「生の欲望の発揮」として説明している。

神経症に陥る人は、不安を霧散霧消することばかりに精力を傾けている。
生の欲望の発揮については、ほとんど頭の中にない。
本当は本来の欲望を追い求めるところなのですが、それが蚊帳の外になっています。
いつの間にか、症状を無くすることが、唯一の目的になっている。
このことを森田理論では「手段の自己目的化」が起きているといいます。
その時点で本来の欲望のことは忘れているのです。
そして精神交互作用によって神経症が重篤化するという事なのです。

これを解消するには、学習により「不安と欲望」関係を理解することが大切です。
欲を言えば不安の役割を理解して、生活に役立てるようにすればよいのです。
不安は人間に元々備わっている大切なものだという認識を持つ必要があります。
そして、本来の欲望、生の欲望を発揮する方向に立ち戻す必要があるのです。
天秤に重りを乗せたときのように、不安と欲望がバランスよく釣り合う事に、精力を傾けて生活するようになれば、神経症になる事はありません。
不安をより多く感じる人は、鋭い感性の持ち主です。
その特徴を生活、仕事、趣味、人間関係に活かしきるようにしたいものです。

もう一つの要因は、「かくあるべし」で事実、現実、現状を否定する態度です。
森田では「思想の矛盾」といいます。これは難しい言葉ですが理屈は簡単です。
これは観念を優先して、事実をないがしろにする態度のことです。
どんなに理不尽で承服しがたい事実、現実、現状であっても、事実を認めて受け入れる。
そこを起点にして出発する。そういう生き方を身に着けた人は、神経症で苦しむことはありません。しかしこれは少しハードルが高いです。

これは自助組織に参加して、もまれているうちに身についてくるものだと考えています。
二歩前進一歩後退でも、方向性を見失わないという態度が大切になります。
私はこれを身に着けた人を「森田の達人」と呼ばせていただいています。
生活の発見会の会員の中には、数は少ないのですが何人かいます。