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中国への転勤を機に、結婚、上海生活16年を経て、コロナと
子どもの進学を考えて日本へ帰国。
高校2年の娘、中学2年の息子と3人暮らし。海外で奮闘する夫。
という家族構成です。
前回の続き・・・
彼女一家が日本へ本帰国した日、おそらく私はその日を大阪で過ごしていた。
ちょうど7月下旬で夏休み。日本に私たちも休暇で帰国していた。
主人は、わたしたちが、日本へ帰ったその日に、出張で外泊するといっていたので
たぶんこれは出張ではない。
上海近郊の出張で外泊はない。だから、これも彼女とすごしたはず。
上海最後の思い出の時間。いいな・・うらやましい。
いろんな意味で。夫が子供を置いて、夜、友達と遊びにいってきてもよし
とする家庭がうらやましい・・・優しい夫がうらやましい。
私は結婚して、自分が友達と旅行するとか、子供たちをおいて
友達と飲みに行くなんて、本当にしていなかった。
周りの友人で、海外生活が限定の転勤族たちは、それはそれは
海外生活を満喫、お手伝いさんを雇うこともここでしかできないことだろうし
仕事せずに、ランチに行ったり習い事したり、日本ではできないことを
存分にやっていたと思う。
でも、私は、主人が会社を立ち上げて、独立したこともあり
危機的な状況もあったから、自ら仕事にでたし。
主人に子供を預けて飲みに行くという発想もなかった。
まじめすぎるんだろうなと思うのと同時に、子供をあずけて・・・
という今や当たり前の感覚も、うしろめたさみたいなのがあったかもしれません。
夫も、仕事してないのに、何やってるねん!
ぐらいのことを平気で思ったり言ったりしてしまうような感覚の人だと
なんとなくわかっていたので、そういうことできなかったな。
このブログをかきはじめて、忘れていたけれど
なんでこの人と結婚したのかなと思う・・・その気持ちは今度また書こう。
ただ一言、お互いに感謝と尊敬を言葉にできるのがいいかなと思います。
夏休み2週間日本で過ごし、彼も私たちにおくれること1週間後、日本へ。
ここでもまた、広島に出張にでたので、また会ってる。
そして、何か気に入らないことがあると、偉そうに私をせめていたな・・・
強気、なのは、彼女がそばにいるからです。
今思えば、このはじまりの時に、一気に攻め込むべきだったかもしれません。
泳がせて、いろいろと嫌な思いをしながら、証拠を集めて
責めるというのもいいのですが、今思えば、私が手放したくなかったから
こうなったんですよね。
人生の選択肢って、本当に様々。正解は、わからないし、どれを正解とするかは
自分の気持ちの持ちようってことでしょうかね・・・
この時から毎月欠かさずに、コロナまでずーーっと
毎月1週間は日本へ出張にでました。
私は、その出張の際に、必ずきれいに出張の準備をし
荷造りをしてあげました。
こうすることが、彼への愛情の表現だったことと
もうひとつは、持ち物がわかるということもありました。
そして、わかったことの第一弾は、みみかきをもっていっていた
ということ。
わざわざ耳かきですよ。私も家ではみんなの耳を掃除してました。
もちろん夫も。子供もみんな、ひざまくらで耳かきする。
夫にはこのころから、耳かきしなくなりました。
出張先のホテルで、彼女に耳を掃除してもらってたんでしょうね。
そして、私は、彼の持ち物をこっそり探るようになっていきました・・・
いろんなものがでてきましたよ。その当時は悲しい・・・という気持ちが
ありましたが、今は、腹立つになってます。
今、不倫後の再構築をされている方々が多くいらっしゃると思いますが
大丈夫です。自分さえちゃんと道を間違えずにいれば
追い風が吹くはずです。自分の幸せな未来もみえるはずです。
私は、まだ、ほかのことで悩みつきなくて、偉そうにいえませんが
でも、自分が立ちあがるしかないんですよね。