私の信条として、ひとつあるのは、「人生をたのしむ。」ということ。


世の中には、不平不満ばかり言って、なんの手だても打たない人がいる。 ただただ、不平を言い続けるだけ。 私はそんなのが、大嫌い。


いつだったか、そんな友達がいて、私はいつも彼女の不平不満を聞くたび、こうしてみたら、とか、こうしないとだめよ、とか解決策をいろいろ考え、アドバイスしていた。 こうすればいいじゃない? それがだめだったら、こうはどう? 


ある時、彼女はこう言った。 「ねえ、あのさぁ、いろいろアドバイスとか、いらないの。 ただ、黙って聞いてくれればいいの!」


えっ? なにそれ? じゃあ、あなたを悩ませている問題は解決しなくっていいの? その状況はあなたにとって、困ったことなんじゃないの? 困っているから、私に相談してるんじゃないの?


誰かに言いたいだけなら、、私じゃなくったっていいってことじゃない? なんで、私はあなたの鬱憤を晴らすために、ぐちを聞かなきゃいけないの?


そうだったのかと悟った私は、これからは、そういうことは、別のお友達に話してねといって、別れた。


私は、基本、人それぞれ、楽しくいることが一番と思っている。 もちろん、他の人に迷惑をかけない範囲でというのは、当然のこと。 同じ時間を過ごすにしても、楽しく過ごすも、愚痴を言いながら過ごすも、その人の選択。 明日ある、気の重い会議のことを考えて、今日を暗く過ごすのは、私の信条に外れる。 明日は明日。 今日は今日と、今のこの時間を大切に過ごすことを私は選ぶ。もし、明日の会議のために、今やれることがあるんだったら、それは別。 やれることはやって、それ以上は思い煩わない。 そういう主義である。 


そして、今。 この状況はどうなんだろうと思う。 義母はこの人生最終章にきて、自分の理想とはかけ離れた人生を送っている。 

誰もが、義母は、それはそれは今まで大変な苦労をしてきたんだと言う。 舅姑がとても厳しい人たちだったそうだ。 そんな舅姑にも、我慢強く仕えてきたと。とても立派な人なんだと。


今まで、我慢に我慢を重ねてやってきた、そんな義母が、やっと、自分の代になってみたら、一年で嫁はアパートへ。 彼女の大事な息子を連れて。


そんな時、私のこの信条はどうすべきか? 


この状況は明らかに、私が嫁に来たことがトリガーになっている。 



状況を整理すると、


* 舅姑との厳しい生活

* 義父の介護生活

* 義父が亡くなり、息子と2人の静かな生活

* 嫁がくる。しかも都会から。


* 最初の一か月半、嫁は引っ越し荷物の片づけに翻弄され、キッチンも片付かず、毎日三食、義母が作る。 

* 引っ越し荷物が落ち着き、嫁が家事をやり始める。 なんといっても新婚なのだから、そりゃあ、食事の支度もしたいだろうよ。 結果、少しずつ、義母と離れていく。


そこから、亀裂は始まったのだろうと思う。 食事の支度って、母親にとっては、とても大切なことなんだよね。 でも、だからといって、ずっと義母にご飯を作ってもらうわけにはいかないし。 一緒に作ればよかったのか? でも、それも私にはできなかったし。 だって、新婚だよ。 私たちは出会って、約5か月で結婚した。 そりゃあ、ラブラブだろうさ。


でも、やっぱり、歳を取って結婚するのって、大変。 やっぱり、適齢期ってあるんだね。 適齢期に結婚しないと、いろいろなところに負担や無理がかかるんだな。 もちろん、遅くに結婚して、幸せな人はいーっぱいいるけど。


引っ越しして、約3か月半程は義母はとても穏やかな様子だった。ぽつぽついろいろな事件はあったりしたけど、年末から引っ越しにかけての頃と比べたら、そんなこと大したことなかった。 だから、私はそんな状況をどう受け止めていいのかわからなかった。 拍子抜けするくらいの、この平穏そうに見える生活は本当? このままで行ける?かな? 


でも実はそうではなかった。 なにも変わってなかったんだよね。 義母は、引っ越ししてからも、ずーっとずーっと、嫁に憎しみを抱いていたのだった。 少しも色あせずに。


Ummm、憎しみなのか、なんなのか。 なんと表現すべきなのか? 嫁が私だったから? 他の人だったら、こんなことにならなかった? それもわからない。


そんな時、私はどうしたらいいわけ? 全然わからない。