お母さん可哀想っつーより





お母さんの様には絶対なりたくなかった

笑うくらいクソ父親だったけど

そちらといるのが楽だったのは

傷ついて寂しい思いをするくらいなら

気付かず傷付けたいって思ったんだ




でも、その父譲りの鈍感力は

私にはそなわず

母と同じ

THE素直になれない女】

ってのだけ引き継いでしまった

  


でも我慢してるお母さんを見て

お母さんみたいには絶対なりたくないって

それをただ思うだけでも私は罪人の様な気がした

思う事すら許せなかった

 


私は、望んでいた

お母さんが幸せだって言う日々を

それを表面的にじゃなく

それを醸し出す空気を

ただ感じたかった



だから、私は子供に

表面的な事を言いたくなかった


「私は幸せだよ」を醸し出したかった


だけど、それを醸せば醸すほど

本来の私になればなるほど

母を否定するようで

その度に罪悪感と闘ったんだ



父親にそっくりと母に言われて

責められてるようだったけど

優越感に浸ってた




私は、被害者なんかにならないんだって




そー言う被害者気質は充分に兼ね備えていたのに笑


だから

めちゃくちゃ練習した

その感情を感じる時が来るたびに

罪悪感の波に飲まれないように



私は、私

母は、母



私が自由にやる事が

母を否定するような気がして




そう、気がしてただけ




だから、私は訓練した

私の人生

母の人生って分ける訓練



感じる度にバカみたいに

自分に言いきせた



母を否定してしまってもいい

母は、可哀想と感じても

それを選んでるのは本人って

キッパリ切り離していいって



その訓練をずーっと続けて

自分の人生を歩み出したら




母も母の人生を歩み出したと感じた








同じ感じるなら

この感じの方が良い



そして、今はもっともっと

自由に生きてくれて良いよって

心から感じる




母を否定してきたのに

母が好きと言う



まーなんとも言えない矛盾




みんなそーなんじゃ無いかな



でも、否定して、憎んで

自分の中にもそれがある事を知って絶望して




そこで母の気持ちを少し理解出来た時

やっと憎しみから解放されたよ



お母さんも人間だもんな

色んな思いがあったり

ブレたりしたはずって

理解出来た




だから、やっぱり自分の思い

それがどんなにネガティブたわろうが

ゲスかろうが



蓋をしないで認めて寄り添ってあげないと

いずれ大きな課題になって

自分の前に立ちはだかる



じゃあ気付いてあげれた時点で

向き合ってあげなきゃね




自分自神を育てるには

一見ビジネスと関係無い

こんなとこまで見てあげる必要があるよ!









現在の私の家族写真はこれだ笑



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