EURO2024準決勝。スペイン vs フランスの一戦を講評する。

 

 TODAY'S
 
スペイン vs フランス

 

<Referee Topics>
落ち着き払った振る舞い。
余裕をもって大一番を裁ききる。

 

    

Referee:

Slavko Vinčić SVN


Assistant referees:

Tomaž Klančnik SVN
Andraž Kovačič SVN


Video Assistant:

Nejc Kajtazovic SVN
Paolo Valeri ITA
Massimiliano Irrati ITA

 

前半14分、ラビオに遅れてスライディングをしたヘスス・ナバスに警告。若干スリップしたとはいえ、足裏がラビオのふくらはぎあたりに入る形になっており、イエローカードは妥当だろう。ヘスス・ナバスがエムバペと対峙するという点でもこの警告は大きな足枷となることが見込まれ、試合を通じても大きな判定にはなった。

 

35分にはヤマルにアフター気味に突っ込んだテオのファウル。スペインのベンチ前だったこともあり、特にスペイン側がエキサイトするも、素早く現場に急行して選手をなだめ、デ・ラ・フエンテ監督の抗議には第4審のイヴァン・クルジャリアク(Ivan Kružliak)が対応。審判団としての連携プレーで場を収めることに成功した。

 

39分、デンベレのドリブルを止めたククレジャのファウル。ヴィンチッチ主審からは他の選手が重なったこともあり接触が見えなかったかもしれず、A2のコヴァチッチ副審のファウルサポートを採用した形だ。このシーンでも審判団としての連携が光った。

 

45+2分には、ナチョの持ち上がりに対してコロ・ムアニがややラフにタックル。フランス側のフラストレーションが発露した形だが、ここは口頭での注意に留めて自制を促す。前半終了間際であり、ここでカードを出すよりも、いったん自制を促し、ハーフタイムに落ち着きを取り戻してもらうほうがマネジメントとしては効果的だろう。ここはベテランならではの落ち着いた対応だ。

 

60分、モラタの後方から深いスライディングを見舞ったチュアメニに警告。その前の接触はノーマルフットボールコンタクトとして許容しプレーを続けさせたが、度を越したプレーはしっかり裁いていく。

 

71分、モラタとウパメカノのボールの奪い合いでウパメカノのファウルを採る。フランスベンチが不満を露わにするも、笑みを称えながら余裕の対応。ウパメカノが先に手をかけており、ホールディングのファウルを採るのは妥当な判定だ。判定への自信とこれまでにいくつも難しい試合を裁いてきた経験からくる落ち着きが最も如実に見られたシーンだ。

 

89分、ククレジャにアフタータックルを見舞ったカマヴィンガに対して警告。この場面ではスペインベンチが総立ちとなって抗議したが、ここも4審と連携して対応。主審自身がベンチを注意しに行くパターンもあるが、試合の流れを切ることにもなる。総立ちと言えど秩序を失っているわけではないので、ベンチコントロールは4審に任せる判断で適切だろう。

 

90+1分、テオの突破をホールディングで止めたヤマルに警告。ここでは今度はフランスベンチが総立ちで抗議したが、ここはイエローを出せば収まる話(レッドになりようがないシーン)なので、すぐに警告を提示するだけのお仕事だ。

 

年齢的にはベテランの領域に入ったが、腕を振って懸命に走る姿が印象的。それでありながら、判定を下す際には落ち着き払った振る舞いが際立ち、選手や監督とのコミュニケーションにも余裕が感じられた。チャンピオンズリーグ決勝という大役を経て臨んだ今大会。おそらくこの試合が最後の担当になるだろうが、ヴィンチッチ主審の良さが詰まった「有終の美」と言える90分間であった。

 

 TODAY'S
 
試合の講評

 

右で組み立てて、左で崩す。
ラビオの位置取りに見えた
フランスの狙い。

 

 スペインの急造右サイドvsエムバペ&テオ。サイドの攻防が最大の見所に。

 

今大会唯一の5連勝で準決勝に勝ち上がったスペイン代表。好調を支えてきた主力(カルバハルとルノルマン=出場停止、ペドリ=負傷)を欠く中で、ヘスス・ナバスとナチョが先発。いわば「急造」となった右サイドは、エムバペ&テオのコンビと対峙することになり、この試合最大の注目ポイントとなった。

 

一方、攻撃面の停滞が深刻で、いまだに流れの中からの得点がゼロのフランス代表。メンバーを固定して強度を保つ守備陣とは対照的に、攻撃陣は日替わりお試し状態。この試合ではグリーズマンがベンチスタートになり、デンベレ、コロ・ムアニ、エムバペのPSGトリオが3トップを形成。フランスリーグを無双した3人に攻撃活性化を託した形だ。また、攻守のリンクマンであるラビオが出場停止から復帰したことも好材料となった。

 

 エムバペ&コロ・ムアニ。PSGコンビのホットラインがさっそくゴール。

 

立ち上がりはスペインペース。高めの位置をとったファビアン・ルイスが際どいヘディングシュートを放つなど、テンポの良いパスワークを軸に攻撃ができており、スペインペースで試合が進むかに思えた。

 

しかし、先制したのはフランス。右サイドで組み立てたのち、左サイドに素早く展開し、ボールはエムバペへ。ドリブル突破を警戒したナバスが距離をとって対応したところでピンポイントクロスを送ると、ファーサイドでコロ・ムアニがヘディングを叩きこんだ。

 

 右で組み立てて、左で崩す。ラビオの位置取りに見えたフランスの狙い。

 

フランスとしては今大会初めての流れの中(セットプレー以外)での得点となったが、「右で組み立てて相手を引きつけ、スペースがある状態で左からエムバペが仕掛ける」というのは、この試合でフランスがチームとして狙っていた形だろう。いつもは左サイドを主戦場とするラビオをあえて右気味に配置したのもその一環だと考えられる。

 

また、前述のように、この試合の3トップはPSGでともに戦うチームメイトであり、エムバペのクロスからコロ・ムアニ…というのも、シーズン中によく見たシーンだ。「各クラブのエース級が揃っているものの結果が出ない」というのがフランス代表の悩みなので、「クラブで組んでいるユニットをそのまま採用してみる」というのは、当然行き着くべき解だと言えよう。

 

 ヤマルのスーペルゴラッソは説明不要。神童のゴールでスペインに落ち着きが戻る。

 

相手の狙いをまともに受けてしまった形のスペインだったが、10分後に同点に追いつけたのは大きかった。ゴールシーンは大半をヤマルの個人能力に依るものであり、戦術云々の要素はほとんどない。弱冠16歳の天才アタッカーの凄味…と言うほかないが、先制直後のスペインに見えた「焦り」がこの同点ゴールでほぼ消えたのは確かだ。

 

そして、勢いそのままにスペインが逆転に持ち込む。ヘスス・ナバスのクロスのこぼれ球を拾ったダニ・オルモがチュアメニをあっさりかわして右足を一閃。クンデのブロックも及ばずゴールに突き刺さった。

 

このシーンはヤマルのゴールよりは戦術的な要素が絡んでいる。フランスの左サイドの守備に注目すると、エムバペは戻らず高い位置に残るので、ラビオがスライドして守備をこなすことになる。そうなると、ラビオがサイドに引き出されたり、攻め上がっていたりする場合には、中央はチュアメニ一人が残るのみになる。

 

 「エムバペ攻め残り」のリスクが現れた失点。

 

失点シーンでは、ラビオが戻りきれなかったところで、チュアメニが1対1でかわされてシュートを許した…という形だった。ヘスス・ナバスのオーバーラップによりテオがサイドに引き出され、サリバとの間にスペースが生まれたのも結果的には痛かった。このギャップはチュアメニorラビオが埋めるべきところだが、両者ともに埋めきれず、慌てて出て行ったところでダニ・オルモにかわされてしまった。

 

「エムバペ攻め残り」はカウンター時に相手守備陣(右サイドバック)の脅威になることの裏返しとして、守備面でのスライドが間に合わなくなるとサイド守備の脆さという形でリスクとして現れる。フランスの先制点がエムバペのウィング起用のメリットだとすれば、2失点目はリスクが現れた形だと言えるだろう。

 

 ハイプレスというオプションがないフランス。ドイツと異なりスペインを押し込めず。

 

後半はリードがあるスペインが攻め急がなくなったことで試合自体がややトーンダウン。パスサッカーが信条のスペインは、リードして攻め急がなくてよい場面での「回すだけ」のパスワークであれば最強チームだったが、縦志向を強めた現代表は純粋なパスワークの精度という点では一段落ちる。それだけにフランスとしても付け入る隙はある展開だった。

 

ただし、パワーを活かしてスペインを押し込み、終了間際にこじ開けた準々決勝のドイツに対し、フランスはカウンター以外になかなか活路を見いだせず。前線からのプレッシング&シンプルなクロスという圧力を強めた攻撃オプションがあるドイツに対し、フランスはハイプレスというオプションがない。

 

 起点になれるジルーを入れて、サイド突破を狙う形のほうが怖さはあったか。

 

61分の3枚替えにしても、効果としては中盤のダイナミズムを高めることであり、直接的にゴールに向かう圧が高まるわけではない。スペインのセンターバックコンビは対人や高さが圧倒的…というわけではないので、エリア内での強さを誇るジルーの出番はもう少し早くてもよかったか。(実際の投入は79分)

 

エムバペを1トップに据えてプレッシングの先陣を切らせるよりは、ジルー投入で起点を作って相手を中央に寄せ、空いたサイドからデンベレ&エムバペが仕掛けるという形のほうが怖さはあったように思う。

 

前半からエムバペ&デンベレの両サイドは相手サイドバックに対して質的優位を作ることができていた。そこを最大限に活かすことを優先に考えてもよかったように感じたが、それも結果論と言えば結果論。中盤を活性化し、傑出したシュートテクニックを誇るエムバペをゴールに近い位置に置いた采配も間違いとは言えない。