EURO2024。スペイン vs ドイツの一戦を講評する。

 

 TODAY'S
 
スペイン vs ドイツ

 

<Referee Topics>
ククレジャの腕は畳む途中。
主観判断なのでVAR介入は困難。

 

    

Referee:

Anthony Taylor ENG


Assistant referees:

Gary Beswick ENG
Adam Nunn ENG


Video Assistant:

Stuart Attwell ENG

 

最初の大きな判定は4分。ペドリの前進を止めたトニ・クロースのファウルに対してスペイン代表側がエキサイト。テイラー主審はノーカードと判定したが、ボールに対して明らかに遅れる形で、接触強度としてもかなり激しく、部位も負傷リスクが低くない膝だった。結局負傷交代となったペドリのダメージをふまえても、ラフプレーでイエローカードに値するプレーだったように思う。

 

立ち上がりの僅か4分というタイミングであり、両チームともにハイ・インテンシティで入っており「このままタフにプレーさせたい」という想いもあっただろう(ここで警告を出すと両チームのテンションが一気に落ちてしまう可能性がある)。ただ、プレー単体で見るとカードを出して自制を促さなければいけない事象だったように思う。

 

12分にはキミッヒに対してニコがアフターで接触。これも単体で見ればイエローでもおかしくないが、クロースがノーカードなのであればこれもノーカードにするのが妥当。このあたりは総合的なバランスを考慮すべきところになってくる。

 

13分、ダニ・オルモの前進を止めたリュディガーにこの試合最初の警告。ドリブルで完全に抜け出しかけたシーンだが、カバーは間に合っていたので、いわゆるSPA(チャンス阻止)に当たる。本人も警告覚悟のうえでのファウルだろう。

 

28分にはラウムに警告。カルバハルに対するアフターチャージであり、自陣深くであったという点に加え、クロースと同種のプレーであり、「次に同じようなことをやったら警告だよ」というメッセージは選手に出ていたはず。同種のファウルが続かないようにするためにも、妥当なイエローカードだろう。

 

29分、ギュンドアンの前進を後方から阻止したルノルマンに警告。警告が相次ぐ形にはなったが、ギュンドアンが前進していれば一気に数的優位にもなりかけたシーンであり、SPAとしては十分な状況だ。妥当な警告である。

 

前半の中盤はファウルが相次ぎ、警告も立て続けに出る形になった。一つ一つの判定は十分に妥当性があったが、相次ぐファウルを止めるマネジメントとしては、もっとやりようがあったかもしれない。試合のテンポ感を維持したいのは山々だが、例えば、ファウルを採った際に自制をするように伝えるなどコミュニケーションの時間をとり、少し間を置いて選手を落ち着かせてもよかったようには思う。

 

★★後半のイエローカード連発については追って映像を見返して妥当性を考えたい★★

 

延長前半早々にはヴィルツに警告。ククレジャのフリーランを進路を意図的に塞いで阻む形であり、これまでの流れからすると警告が出て然るべきシーンであった。100分、ムシアラにかわされかけたところで手を使って前進を阻んだカルバハルへの警告も妥当だ。

 

結果的に多くのイエローカードが飛び交うことになったのは、主審として歓迎すべき事態ではない。

 

そして106分、ムシアラのシュートがククレジャの左手に当たったもののノーハンドの判定。テイラー主審のジェスチャーからすると、腕が広がっていなかった(胴体に近かった)という判断だろう。「手には当たったがノーハンド」という判断であれば、手の位置の妥当性や広がりなどは主観的な領域であり、主審の見え方と実態によほどの乖離がなければ「明白な間違い」とは言いにくい。VARとして介入しにくい事象であるのは間違いない。

 

VARが介入できるかどうかはさておきリプレイ映像で判定の妥当性を考えてみると、「手は胴体からやや離れている」が「畳もうとしている動作の中で当たった」ようには見える。厳密に静止画で見れば腕は広がっているのかもしれないが、流れ(動画)をふまえるとノーハンド判定は十分に受け入れられる範疇だろう。

 

最終盤はカードのオンパレードに。終了間際にはカルバハルがムシアラのドリブルをホールディングで止めて2枚目の警告で退場処分に。アディショナルタイムはめやすの3分を超えていたが、アディショナルタイムに入ってからのスペインのセットプレーに要した時間などをふまえると、妥当なところだろう。

 

 TODAY'S
 
試合の講評

 

ダニ・オルモとアンドリッヒ。メリーノとヒュルクルク。
紙一重の差が勝敗の決め手に。

 

 驚きだったエムレ・ジャン起用。ザネ起用は右サイド適性の高さゆえか。

 

スタメンとしてはおおむね予想通りだったが、唯一の予想外はエムレ・ジャンのスタメン起用だ。ナーゲルスマン監督は「ファビアンの動きを封じる機動力」を起用理由に挙げていた。タイプとしてはアンドリッヒと同じく攻守に貢献できるファイタータイプなので、大枠の戦術に影響はなさそうな変更だった。

また、サイドアタッカーはヴィルツではなくザネを起用。ヴィルツ自身の問題というよりは、ムシアラを左で使いたい…という点を重視し、右サイド適性という点でのザネ起用だろう。

 

一方のスペインは想定通りの11人がスタメンに並んだ。ペドリが早々に負傷退場になったのは想定外だったはずだが、もともと一部メディアではダニ・オルモの先発起用予想も出ており、ダニ・オルモのほうが若干アタッカー色が強くなるものの、プレースタイルや役割自体は大差ない。

 

 マンツーマンの守備を見せたドイツ。4枚ビルドアップと左肩上がりの陣形でペースを掴む。

 

試合展開としては、序盤から中盤で激しい攻防が続き、鋭い出足と球際での激しい守備が随所で見られる形となった。特にドイツ側は、ロドリにギュンドアン、ファビアンにエムレ・ジャンをマンツーマン気味に付けつつ、それ以外の選手もマンマークを徹底。強度の高い守備でスペインの前進を阻むシーンが多く見られた。

 

ペドリの負傷という不測の事態の影響もあり、序盤はドイツペースと言える試合展開であったと言えるだろう。ハイプレスでスペインの攻撃の芽を摘みつつ、CB2枚に加えてクロースとキミッヒの4枚でビルドアップし、左サイドバックのラウムを押し上げる左右非対称の陣形をとった。守備面では若干泣き所にもなるカルバハルのところに狙いを定め、ムシアラに加えてラウムもオーバーラップで攻撃参加。

 

ロドリの両脇のスペースという点でも、ムシアラやギュンドアンらがバイタルエリアでボールを受けるシーンが見られた。4枚ビルドアップと左肩上がりの陣形、そして個の力に優れたアタッカーが持ち味を発揮。狙いがハマっていたのはドイツのほうであった。

 

 予定通りに投入されたアンドリッヒ。予定外だったダニ・オルモ。ズレが生んだ先制点。

 

しかし、後半開始早々に先制したのはスペインのほうであった。ヤマルの仕掛けに対して最終ラインがずるずると後退し、バイタルエリアが一瞬空いたところにダニ・オルモが侵入して流し込んだ。

 

ダニ・オルモが飛び込んだのは、ハーフタイムでエムレ・ジャン→アンドリッヒの交代をおこなったところであり、アンドリッヒがポジショニングを探りながら試合に入ろうとした箇所をピンポイントで突かれた形だ。もともと想定された交代だったのかもしれないが、結果的には選手交代により生じた迷い・陣形の崩れが失点に直結することになった。

 

ダニ・オルモはペドリ負傷交代によるスクランブル投入であり、おそらくペドリであればあのスペースへの走り込みは考えにくい。アタッカー色が強いダニ・オルモが後半開始時点でプレーしていたことが生んだ得点とも言える。負傷による交代で入った選手が、おそらく想定通りの交代で入った選手の隙を突く。因果なものだ。

 

 自慢のフィジカルとパワーで同点に追いついたドイツ。

 

ビハインドを背負ったドイツはギュンドアンに代えてヒュルクルク、そして終盤にはセンターバックのターを削ってミュラーを投入。前線でターゲットとなり、フィニッシュを担えるタレントを増やし、リスクを背負って同点を狙った。スペインも中盤を厚くして対応したものの、終了間際に遂に決壊。ハイクロスをキミッヒが折り返し、最後はヴィルツが決めて同点に追いついた。

 

クロスを主体にフィジカル面の優位性で勝負にいったドイツの選択は妥当だし、それに対して中盤の強度を高めて対応したスペインの采配も間違いではない。最後でものを言うのは個のクオリティであり、ミッテルシュタットのクロスの質、エリア内に飛び込んだキミッヒの戦術眼と体幹の強さ、そしてヴィルツの技術力が繋がったドイツの得点は見事であった。

 

 最後まで戦術的であり続けた両者。デ・ラ・フエンテとナーゲルスマンの采配にも賛辞を。

 

延長戦に突入した中で、増加した1枚の交代枠の使い方は一見すると対照的に思える。バランスを崩して同点を狙ったドイツは、ハヴァーツに代えてアントンを入れて守備の枚数を再び揃えた。同点の勢いで一気に畳みかける選択肢もあったが、バランスを整えて戦術的に戦おうとするのはいかにもナーゲルスマンという采配だ。

 

一方のスペインは負傷の影響もあったが、中盤のファビアンに代えてFWのホセルを投入。最前線で時間を作れるホセルを入れることで、オヤルサバルが前向きにプレーできるようにしつつ、全体を押し上げて防戦一方にならないように…という狙いが見える。

 

かたやDF投入、かたやFW投入ではあったが、それぞれが戦術に基づいて勝ち越しを狙っていた。延長戦で選手にも疲労の色が濃く見えていたが、両指揮官は最後まで戦術遂行を怠らず。見応えのある試合展開が続いたのは、デ・ラ・フエンテとナーゲルスマンの采配によるものが大きい。

 

 メリーノとヒュルクルク。二つのヘディング。紙一重の差でスペインが勝利。

 

延長に入ると疲労の色が濃く両チームのプレー精度が落ちる中、勝ち越したのはスペイン。延長後半14分、ミケル・メリーノが2列目からの飛び込みで技ありのヘディングを叩きこみ、これが決勝点となった。2列目からの飛び込みを得意とするメリーノ、終盤でありながらピンポイントクロスを送ったダニ・オルモの個の力が結びついての美しいゴールであった。

 

一方のドイツとしては、終了間際にヒュルクルクのヘディングが僅かにゴールからそれて同点ならず。とはいえ、ヘディングの難度という点ではメリーノのゴールと似たようなものであり、差は紙一重。メリーノが外してヒュルクルクが決めていた可能性も十分にあった。ここでも最後は個の力がモノを言うことになる。

 

 トニ・クロースのラストプレーは、カルバハルの退場で得たフリーキック。

 

両チームが戦術的にも体力的にも全力を尽くした「死闘」となった。見応えがある試合を120分続けた両チームへの感謝に加え、この試合が現役ラストマッチとなったトニ・クロースに最大級の賛辞を贈りたい。

 

レアルでの盟友カルバハルが退場覚悟で犯したファウル。それで得たフリーキックがトニ・クロースの現役ラストプレーとなったのは、何の因果か。