EURO2024。死の組のひとつとなったグループBのスペインvsクロアチアの一戦を講評する。

 

 TODAY'S
 
スペイン vs クロアチア

 

<Referee Topics>
ロドリのイエローとPK失敗。
簡単そうに見えて難しい判定。

 

    

Referee:

Michael Oliver


Assistant referees:

Stuart Burt
Dan Cook


Video Assistant:

Stuart Attwell
David Coote
Pol van Boekel

 

イングランドのトップレフェリーとして不動の地位を築くマイケル・オリヴァー主審。39歳にして、ワールドカップも経験済みで、EUROは2020年大会に続く2回目の派遣となった。イングランド国内では主要試合をことごとく任されており、一生に一度しかできないFAカップ決勝も早々に経験済み。各国エリート審判員が揃う中で、Matchday1屈指の好カードを任された。

 

クロアチアがハードタックルを自重し戦術的なバランスを重視したこともあり、試合は比較的落ち着いた展開に。その中でも、ファウル1つで荒れる可能性があるため、ホールディングなどのファウルはきっちり取っていく。両チームへの説明も必要最低限で済ませることで、ガス抜きをしつつ時間の浪費はしない。プレミアリーグで猛者と渡り合う中で身につけたであろう見事な振る舞いであった。

 

最大の争点は78分。ゴール正面でシュートを打とうとしたペトコヴィッチを倒したロドリに対する判定だろう。強くはないが接触はあったのでファウル判定は妥当(シュートモーションだとそこまで強くない接触でも体勢を崩しやすい)。議論の余地があるのはカードの色だろう。

 

状況としてDOGSO(決定機阻止)なのは間違いなく、ボールに対するプレーであればイエローカード、否であれば一段階の軽減はなされずレッドカードになる。ボールとの距離はやや空いていたが、好意的に解釈すればボールに対して足を伸ばしたと捉えることができそうなので、「まったくボールに対してプレーしていない」わけではないので、イエローカード止まりで問題ないだろう。

 

なお、これで得たPKのシーンでは、PK失敗の後にクロアチアがこぼれ球を拾って押し込んだが、VARチェックによりゴールは取り消しに。プレーに関与したペリシッチがキック前にエリア内に侵入したのが反則であった。一見するとPKの蹴り直しになりそうな場面だが、PK自体は失敗している(その後の流れでゴールが生まれている)状況なので、「PK=ノーゴール、攻撃側競技者による侵入」に該当するので、守備側の間接フリーキックでの再開が正しい。

 

「サッカー競技規則 第14条 ペナルティーキック 3. 要約表」より転載

 

ちなみに、エリアへの侵入の有無は本来であれば主審が監視すべき事象だが、VAR適用試合ではVARに任せるパターンがほとんどのようだ。肉眼で確認するよりも、キック時点で映像を止めたほうが明らかに効率的かつ正確であり、運用として妥当なところだろう。

 

41分には露骨なホールディングで笛を吹きかけるが、クロアチアが前進したのを見てアドバンテージを適用。結果的にグヴァルディオルの決定的なシュートに繋がっており、素晴らしい状況判断であった。

 

51分、パスコースに入ってしまいボールが当たってドロップボールに。ボールの保持チームが変わらなければそのまま続けることもできるが、今回はクロアチアのパスが主審に当たりスペイン側に出たので、試合を止めてクロアチア側にドロップボールをする必要がある。

ボールは、次のときにアウトオブプレーとなる。

(中略)

・ボールが審判員に触れ、競技のフィールド内にあり、次のようになった場合、
 ・チームが大きなチャンスとなる攻撃を始める。または、
 ・ボールが直接ゴールに入る。または、
 ・ボールを保持するチームが替わる。
こうしたすべてのケースでは、プレーは、ドロップボールによって再開される。

サッカー競技規則 - 第9条 ボールインプレーおよびボールアウトオブプレー - 1. ボールアウトオブプレー

 

試合全体としては、選手としっかりコミュニケーションをとりながら、荒れることなく試合を進めることができた。少なくとも及第点には値するだろう。粛々とファウルを採り、アドバンテージを有効活用しながら、止めるべきところはしっかり止めて自制を促した。多くの大舞台を経験したからこその落ち着きが光った印象だ。

 

課題を挙げるならポジショニング。スペインの細かいパス回しの際にボールが自分の近くに来てしまい、逃げ場をなくしてパスコースを塞いだりボールに当たったりする場面があった。直線的にゴールに迫ることが多いプレミアリーグに慣れているので、イングランド人からすると「無駄な」パスが多いスペインなどは感覚が合わなかったのかもしれない。ポジションが若干中央に寄りすぎな印象はあったので、よりワイドに動くなどポジショニングは欧州仕様に再考してもよいかもしれない。

 

 

 TODAY'S
 
試合の講評

 

狙い通りで逃げ切ったスペイン。
タレント頼みのクロアチア。

 

 お家芸のパス回しはもちろん、前線からの守備の積極性が目立ったスペイン。

 

ルイス・デ・ラ・フエンテ監督のもとで無敵艦隊の復権を図るスペイン。若手起用の方針は本大会でも揺るがず、16歳のラミン・ヤマルが先発。レギュラーが流動的な左サイドバックにはチェルシーの後半戦巻き返しを支えたククレジャが先発となり、センターバックは重用されてきたラポルトではなく、レアルマドリードでCL優勝に貢献したナチョが起用された。

 

一方のクロアチアはほぼ予想通りの先発メンバー。モドリッチ・コヴァチッチ・ブロゾヴィッチの黄金の中盤が揃い、負傷からの回復が心配されたFWのブディミルも先発となった。

 

試合展開としては戦前の予想通り、スペインがボールを保持する展開に。ウィングが幅をとって相手を押し広げつつ、サイドバックやインサイドハーフがハーフスペースを狙い、ビルドアップに優れたセンターバックとロドリがそこへの配球を担う…という「いつもどおり」の形だ。

 

WOWOW解説の安永聡太郎氏が指摘していたように、この試合のスペインは守備での積極性が目立っていた。ボールを奪われたときの即時奪回はチームコンセプトのひとつではあるが、その強度がいつもより高く、クロアチアに攻撃の起点を作らせず。クロアチアが得意とするカウンターを封じる意識はチームとして統一して持っているように感じた。

 

 良くも悪くも「選手頼み」のクロアチア代表。

 

一方のクロアチアとしては近年のワールドカップでの躍進を支えてきた戦術を踏襲しており、基本的には自陣に守備ブロックを敷きつつ、中盤が時折前線へのプレッシングに参加、それを合図に押し上げる…という形が多く見られた。以前と異なるのは最終ラインで、ベテラン頼みの時代を経てシュタロなどの若手がようやく台頭。スピード不足も致命傷のレベルではなくなり、ラインを押し上げたときのリスクは多少減った印象だ。

 

ただ、前述のようにスペインが前掛かりにプレスをかえてきたため、ボールを持ってもなかなか前進できない状況が長く続くことになった。もともと戦術的なメカニズムよりは個々の即興性に依る攻撃が多い中で、強度が高く連動性もあるスペインを前に、特に序盤は後手に回った印象だ。

 

ただ、スペインのプレッシングの勢いが落ちたこともあり、前半の中盤以降はボールを保持して試合を支配しかける時間帯もできていた。ダリッチ監督には劇的な変化を加える戦術オプションはないので、この変化は選手個人の判断と工夫により生まれたものだ。モドリッチを中心とする選手たちの状況判断と柔軟性の高さが近年のクロアチア躍進の一番の要因だ。

 

 スペイン代表の先制点は速攻から。身につけた戦術オプションが活かされた形。

 

しかし、試合が動いたのは遅攻ではなく速攻からであった。クロアチアのロングボールのこぼれ球をロドリが回収すると、ファビアンが一気に裏へのスルーパスを通し、抜け出したモラタが冷静にゴール。スペイン「らしくない」縦に速い攻撃ではあったが、これはルイス・エンリケ前監督やデ・ラ・フエンテ監督が代表にもたらした戦術的なオプションが花開いたとも言えよう。

 

スペインとしては、攻めあぐねた挙句にカウンターやセットプレーで失点…というのが最も避けたい形であった。その中で前半のうちに速攻をベースにした攻撃で先制し、その後もセットプレーなどで効率的に2ゴール。ポゼッションを遂行できるクリエイティブな中盤を揃えつつ、前線の3トップには直線的にゴールに迫ることができるタイプを並べるという布陣&人選が見事に機能した印象だ。

 

個人として特に輝いたのは1ゴール1アシストのファビアン・ルイスだ。正確なテクニックはボールコントロール、パス、シュートのいずれの場面でも輝き、組み立てから崩しまでの貢献度は絶大。見事なドリブルからのシュートでゴールもゲットしており、申し分のない活躍であった。ヤマルのクロスやモラタの抜け出しも見事だったが、個人的に一人MVPを挙げるならファビアン・ルイスだ。

 

 攻め手が見えないクロアチア。サイドからのクロスで屈強なFW陣を活かしたい。

 

後半は3点リードで攻め急ぐ必要がないスペインはバランスを整えて守備重視の姿勢にシフト。後半の序盤は強度を上げて前からプレスをかけてきたクロアチアに対し押し込まれる時間帯もあったが、中盤以降は再び主導権を掌握。攻め急がずに「いなすだけ」のポゼッションをさせたらスペインの右に出る者はおらず、個々のテクニックを活かした細やかなパスワークを遺憾なく披露した。

 

クロアチアとしては、守備が大崩れしたわけではなく、ショートカウンターやクロスからチャンスが生まれた場面もあった。悪くない出来だったがスコア上は完敗…という結果に。改善の余地があるのは崩しの局面で、どうやって攻めるのか…という共通意識が見えにくい。個人的には、中央に相手を引き寄せたうえでサイドに展開し、クロスを屈強なフォワードが合わせる…とい形が最もシンプルで可能性がありそうだが、どの戦術選択にしてもチームとしての意思統一が重要になりそうだ。