EURO2024。セルビア vs イングランドの一戦を講評する。

 

 TODAY'S
 
セルビア vs イングランド

 

<Referee Topics>
有無を言わさぬ毅然とした態度。
いつもどおりのオルサートは
最後の晴れ舞台を飾れるか。

 

    

Referee:

Daniele Orsato


Assistant referees:

Ciro Carbone
Alessandro Giallatini


Video Assistant:

Massimiliano Irrati
Paolo Valeri

Cătălin Popa

 

48歳のオルサート主審は、2020のチャンピオンズリーグ決勝や2022カタールワールドカップ開幕戦でも笛を吹いた実力者。EURO2024をもって引退することを発表しており、今大会が最後の晴れ舞台となる。

 

毅然とした態度で判定を下しながら、選手ともしっかりコミュニケーションをとっていくのがオルサート主審のスタイル。守備の時間帯が長くなるうえに、興奮しやすい気性を持つセルビアの選手にも気を遣いながらのレフェリングとなった。

 

最大の争点になるとしたら59分のシーン。クロスに飛び込んだミトロヴィッチがトリッピアーと接触して倒れるも、ノーファウル。VARも介入はせず、ノーファウルでジャッジ確定となった。トリッピアーはボールに対してやや遅れをとって無理やり接触したようには思えるが、ファウルを採るほどの強度かと言われれば微妙なところだろう。個人んお考えとしても、ノーファウル判定で妥当だと考える。

 

前半18分、ベリンガムに対しヴラホヴィッチの肘が若干入るも、ノーファウル。ベリンガムはイングランドの中でもボールが集まるキープレイヤーであり、セルビア側としても封じたい選手の一人。自然とハードタックルを受けるシーンは増えるので、ベリンガム関連の接触には気を遣っていく必要がある。今回はノーファウル判定だったが、プレーが途切れた段階でベリンガムをケアしてガス抜きを図る点はベテランならではの巧さか。

 

24分には、ベリンガムとコスティッチのボールの奪い合いが起こり、マイボールを獲得したベリンガムが勢いそのままにコスティッチに肩をぶつけて威嚇。反スポーツ的行為で警告でもおかしくないシーンだったが、コスティッチが比較的落ち着いていたこともあり、ここはベリンガムに自制を促してこの場を収めた。

 

29分のアレキサンダー・アーノルドに対するグデリのファウルは、ほとんど接触がなく、アレキサンダー・アーノルドのシミュレーションにも思えた。ただ、自信をもって吹いているので、セルビア側としても「抗議しても仕方がない」と感じているように思えた。判定自体は正直微妙なのだが、有無を言わさぬ毅然とした態度で選手に受け入れさせることができているのは、マネジメントの巧さとも言える。

 

※ただ、判定精度とマネジメントがともに悪い方向に向かうと、一気に選手との信頼が崩れる場合もある。

 

前半38分、ベリンガムとグデリの接触はベリンガム側が勢い余って突っ込んだようにも見えたが、グデリ側が体を残したという判断か。ジェスチャーを見る限りはファウルが繰り返し起きていたこともふまえてのイエローカードだったようだ。前半終了間際のタイミングであり、イエローカードを出して全体の自制を促すタイミングとしては悪くないか。

 

ただ、直後の前半40分には、ルキッチがライスにアフタータックルを見舞っている。このシーンはパスが繋がったためアドバンテージを適用したが、判定へのフラストレーションを示した故意的なファウルにも思えるので、しっかりファウルを採って自制を促したほうがよかったかもしれない。

 

その後、ラインを割ってコーナーキックという場面で、笛が鳴った後にストーンズがボールを蹴り飛ばす事象が発生。判定への不満というよりはプレーに対するフラストレーションの発露に思えたので、ここは口頭での注意で収めた。あそこで端的にイエローカードを出してしまうとイングランド側が逆に興奮する可能性があるので、このあたりの匙加減も妥当なところだろう。

 

47分には、ケインのスルーパスに当たってしまいドロップボールに。ケインは当初かなり怒っていたが、コミュニケーションでガス抜き。もともと走力がそこまで高くないうえに、加齢もあってポジショニングがお粗末になる場面は増えてきている。しかし、フィジカルの衰えも態度やコミュニケーションでなんとかお茶を濁していくのがオルサート・スタイル。

 

後半にはセルビアベンチがヒートアップし、ファウル判定に対してストイコビッチ監督が第4審に詰め寄り、イエローカード。アディショナルタイムにはイングランドのリスタートを促すためにピッチ内に入ってボールを置く…という行為があり、厳密に言えばこれも警告対象だが、ここはお咎めなし。競技規則に従えばイエロー2枚で退場だったはずだが、あの状態のストイコビッチ監督がそれで収まるはずはなく、大人の対応としてはイエロー1枚のみが妥当な落としどころだったようには感じた。

 

 TODAY'S
 
試合の講評

 

ベリンガムは絶大な存在感。
アーノルドよりはギャラガー
やメイヌーを見てみたい。

 

 パスは回るが前進はできず。ドイツに比べて遅すぎるパステンポ。

 

タレント力は大会ナンバーワンで下馬評が高いイングランド代表。タレント豊富なサイドアタッカーの中では、順当にサカとフォーデンが先発となり、ボランチでライスとコンビを組むのはアレキサンダー・アーノルド、センターバックのストーンズの相棒はグエイとなった。

 

序盤から大方の予想通り、イングランドがボールを保持し、セルビアが引いて守る構図となった。イングランドは2列目の3枚が流動的に動きながらボールを引き出そうとするのに対し、セルビアは5-4-1気味のブロックで中央を固めてブロックを形成。ボールはある程度回るものの、なかなかバイタルエリアやゴール前には侵入できない時間帯が続いた。

 

サイドと中央突破をうまく使い分けたドイツ代表に対し、イングランドはかなり攻めあぐねた印象だ。その原因はパステンポの遅さにある。少ないタッチ数でテンポよくパスが回ったドイツ代表は、相手のスライドが遅れたりギャップが生まれたりしたことで、そこを的確に突いて前進できていた。

 

一方でイングランドは個々のタッチ数が多く、パステンポがなかなか上がらず。サカにしてもフォーデンにしてもテクニックは高いがドリブラータイプであり、ベリンガムも自分の力で何とかしようという想いが強いように感じた。アレキサンダー・アーノルドのミドルパスなど局面を変える飛び道具はあるだけに、パステンポを上げて相手を食いつかせ隙を作り出す…という意識は高める必要がありそうだ。

 

 縦への加速が生んだベリンガムの先制点。

 

そんな中、先制点はチームのベクトルが前に向いたからこそのゴールだった。引いた位置でストーンズからのボールを引き出したベリンガムがサイドに展開すると、サカが裏のスペースに向けて加速。右サイドを突破すると、最後は中央に勢いよく飛び込んだベリンガムが合わせた。ベリンガムが2タッチで捌いたことをきっかけに、チーム全体が縦への意識をもって前進したことで、セルビア守備陣は背走を余儀なくされた。

 

適切な言い方ではないかもしれないが、「だらだら」していた攻撃が一瞬で加速したことで、セルビア守備陣はそのギャップについていけなかった印象だ。ずっとハイテンポをキープすると攻撃側も疲弊してしまうので、重要なのは緩急。ゴールシーンのように、攻撃のスイッチを入れて加速するという狙いを複数人・チーム全体で共有して実行することが必要だ。

 

前半25分、ウォーカーが一気に駆け上がったクロスを送ったシーンも狙いたい形だろう。惜しくも中央では合わなかったものの、ボール奪取からアレキサンダー・アーノルドが素早くサイドに展開し、サカとウォーカーで2対1の状況を作ってサイド突破に成功している。頻度は多くないが、ウォーカーのオーバーラップのスピードはイングランドにとって大きな武器になる。

 

 セルビアの鍵を握るのは、ミトロヴィッチとヴラホヴィッチの決定力。

 

セルビアとしては、守りを固めつつ、ミトロヴィッチとヴラホヴィッチ、コスティッチの攻撃トリオでなんとかゴールを…というゲームプランだったはずだ。できれば焦らしてイングランドのミスを突きたかったはずで、前半の早い段階での失点は痛恨だった。

 

とはいえ、ただ引き籠るだけではなく、ボールが集まるであろうライスやアレキサンダー・アーノルドに狙いを定め、ボール奪取からのカウンター…という点はチームとして狙っていたはずだ。前半20分に敵陣でアレキサンダー・アーノルドからボールを奪い、ミトロヴィッチが際どいシュートを放ったシーンはまさしく狙い通りだっただろう。

 

ミトロヴィッチのシュートは非常に惜しかったが、ワンチャンスを決めきったベリンガムとの違いが勝敗を分けた…という捉え方もできるか。それは若干言い過ぎだとしても、セルビアにとってミトロヴィッチとヴラホヴィッチの決定力が生命線であることは間違いない。

 

 強力FWを活かしたいセルビア。シンプルなロングボールも一手か。

 

時間帯によってはセルビアがボールを握って試合を進める場面もあったが、遅攻になるとテンポが上がらずスイッチが入らないのはセルビアも同じ。グデリを中心にビルドアップはある程度できるものの、そこからは徐々に煮詰まり、最終的にボール奪取に優れたライスやグエイに回収されるシーンが目立った。

 

ミトロヴィッチとヴラホヴィッチという個で戦える強さを持った選手がいるので、展開によってはシンプルに前線に当てたうえで、中盤が押し上げてそのこぼれ球を狙う形があってもよいのではないか。よりシンプルに攻めたほうが、相手にとっては厄介になりそうだ。

 

 フォーデンは良さが出ず。ベリンガムの影に隠れる大会になりそう。

 

選手個々に目を向けると、ベリンガムはチームの絶対的な中心として躍動。バイタルエリアで起点になりつつ、ときには引いてきて組み立てに関与しながら、ゴール前に顔を出して決定力も発揮。さらにはフィジカルの強さを活かして守備でも貢献…と文句なしの活躍であった。

 

多士済々のサイドアタッカーは、サカがドリブルと左右両足のクロスという特長をある程度発揮した一方で、フォーデンはあまりプレーに絡めず。立ち上がりは流動的にポジションを変えてプレーに絡んだものの、左サイド常駐になってからは良さが消えていた。プレーエリア限定が戦術的な指示によるものだとしたら、純粋なウィンガーであるゴードンなどのほうが適性がある。

 

ベリンガムはあまりサイドに流れるタイプではないので、フォーデンが得意とするインサイドのスペースが空きにくく、相性という点で良さが出にくい印象はある。ベリンガムは今大会では絶対的な存在になりそうなので、フォーデンとしては彼の影に隠れる厳しい大会になるかもしれない。

 

 アレキサンダー・アーノルドは及第点止まり。個人的にはギャラガーやメイヌーを推したい。

 

また、ボランチの一角を務めたアレキサンダー・アーノルドは、パスワークの中心として一定の存在感を放った一方で、守備に特長があるわけではないので、守勢になった場合には凡庸な選手になり下がった印象。インターセプトや球際の守備でチームに流れをもってこれるライスとの違いは明白で、ヘンダーソンやフィリップスほどの運動量や献身性もない。

 

セットプレーがイングランドの大きな武器であるという点でキッカーとしての価値はあるが、トリッピアーやサカも十分なクオリティを持っており、絶対的な価値ではない。個人的には、ギャラガーやメイヌーの可能性を見てみたい…というのが率直な感想だ。(ギャラガーは途中出場したもののプレー機会が少なく判断を下すには十分でない)