アジアカップ決勝。アジア最強を決める一戦を裁いた審判団のジャッジを振り返る。

 

 TODAY'S
 
ヨルダン vs カタール

 

    

Referee:

Ma Ning (China)


Assistant referees:

Zhou Fei (China)
Zhang Cheng (China)
 

4th Official:

Ilgiz Tantashev (Uzbekistan)

5th Official:
Andrey Tsapenko (Uzbekistan)


Video Assistant:

Fu Ming (China)
Jumpei Iida (Japan)

 

 馬寧主審は国際審判キャリアで初の大役。

 

馬寧主審は1979年生まれの44歳。FIFA国際審判員に登録されたのは2011年だが主要大会とはなかなか縁がなく、初選出された2022カタールワールドカップでもグループリーグで第4審を務めたのみで、主審としての割当はナシ。国際審判の45歳定年制は廃止されたとはいえ、審判キャリアとしては最後の国際舞台になってもおかしくないアジアカップで、待望の大役を射止めた。

 

今大会での担当は4試合目。準々決勝のイランvs日本では「ファウルスローを見逃した!」と一部ネットが紛糾したものの、決勝点となったPKを冷静に見極めるなど、全体的なレフェリングは十分に及第点。韓国に決勝進出の可能性があり、中東勢が多いということでUAEやイランの審判団を割り当てるのはリスクが高いという事情も絡んだと思われるが、安定したパフォーマンスでめでたく決勝割当となった。

 

 カタール1つ目のPK。典型的なファウル。VARなしで正しいジャッジを下した。

 

18分、クロスをキャッチしたカタールGKに対し遅れて突っ込んだヨルダン⑨にこの試合最初の警告を提示。クロスに対する飛び込みとはいえ、GKを危険にさらすプレーであり、イエローカードは妥当だろう。

 

20分、カタール⑪がエリア内にドリブルで侵入し、ヨルダン③と接触して転倒。間近で事象を確認した馬寧主審はPKを宣告した。

 

この事象に関しては、議論の余地は少ない。カタール⑪はあえてヨルダン③の前に割り込むような進路をとることでファウルを誘った感はあるものの、足が絡んで転倒につながったのは間違いない。ヨルダン③がただ走っているだけであれば酌量の余地もあったが、ボールに向かって出した右足が接触しており、ファウルであることは明白だ。

 

45+7分、ヨルダン⑰に警告。ルーズボールに対して足を出したが、先に相手にボールを触られ、相手の足を踏みつける形となった。イエローカードは妥当だ。

 

 中央寄りのポジションだと選手が重なって見えない…。

 

69分、カタール⑰がエリア内でヨルダン⑬と接触して倒れるも当初はノーファウル。約2分後、プレーが切れたところでVARが介入し、この試合最初のOFR(オン・フィールド・レビュー)がおこなわれ、ファウルを採ってPKとなった。

 

リプレイ映像で見ると、スルーパスに対して斜めに走り込んだカタール⑰の進路にヨルダン⑬が足を出し、それに引っかかって転倒していることがわかる。ヨルダン⑬はボールに触れておらず、出した足に正当性はない。ファウルを採るのが妥当だろう。

 

馬寧主審としては、カタールがロングボール主体の攻撃を展開する中で、頭上を行きかうボールに対して最適な位置取りに苦労していた印象。この場面では中央寄りのポジションをとっていたが、視界に多くの選手が重なったこともあり、接触を正確に確認できなかったか。時間的な余裕はあったので、より副審側に寄ったポジションで視野を確保しておきたかった。

 

なお、ヨルダンのディフェンダーのカバーは間に合っていたので、状況としてはDOGSO(決定機阻止)ではなくSPA(チャンス阻止)に当たる。好意的に解釈すれば、ヨルダン⑬はボールに対して足を伸ばした…と言えなくもないので、懲戒罰は一段階下がってノーカード…でよいだろう。

 

 ヨルダンの選手のラフプレー。「いちおう主審が確認」という運用も説得力を高める意味では有効か。

 

86分、ヨルダン⑪がボールと無関係な所でカタール⑤にアタック。ボールのほうを見ていた馬寧主審はおそらく事象を確認できていなかったが、第4審からの助言により、イエローカードを提示し、VARレコメンドによるOFRをおこなったものの、判定は変わらずイエローカードとなった。

 

リプレイ映像で見ると、ヨルダン⑪のマークについていたカタール⑤がヨルダン⑪の背中に触れたりユニフォームを引っ張ったりして、やや挑発気味の振る舞いをしており、それに苛立ったヨルダン⑪が前方に走る際にカタール⑤に「衝突」した…という流れであったことがわかる。

 

ヨルダン⑪の「衝突」自体を詳しく見てみると、走りながらぶつかる形なので勢いは非常に強く、最低でも警告は必須だろう。イエローorレッドの鍵になるのは接触部位で、リプレイ映像を見る限りは、「ヨルダン⑪の肩がカタール⑤の肩のあたりに接触」しているように見える。カタール⑤は顔を押さえて倒れこんだものの、顔に対するダメージはないように見えるので、挑発されたという背景をふまえても警告止まりでよいだろう。

 

VARとしては主審が当該事象をまったく見ていなかったということもふまえてOFRを勧めた可能性はある。「イエローカードが明らかに不当でレッドカードが適当」というほどの悪質さは感じないので、「念のため主審自身が確認しておくほうがよいのでは?」という程度のレコメンドだったのではないか。VARの運用ルールからは若干それているかもしれないが、OFRをしたおかげでジャッジの説得力が高まったので、よい運用だったと思う。

 

 カタール3つ目のPK。一瞬の出遅れが致命傷に。

 

91分、カタール⑪が裏に抜け出しゴールキーパーと1対1になり、GKと接触して転倒するも、副審の旗が上がりオフサイド判定。ここでVARが本日3度目の介入をおこない、OFRの結果、カタールに3つ目のPKが与えられた。

 

まず、当初判定は「オフサイド」であったが、リプレイ映像で検証するとオンサイド。これは「出ているか否か」なので、VARのみで判断ができる事象なので、オフサイド判定の取り消しだけならOFRは不要となる。

 

今回OFRがおこなわれたということは、当初判定は「オフサイド、ノーファウル」だったことがわかる。なぜなら、仮に接触はファウルであると判断していたなら、オフサイド判定をVARのOR(オンリー・レビュー)で取り消した時点で、OFRをおこなわずにPK判定となるからである。

 

そのうえで接触自体をリプレイ映像で見てみると、カタール⑪が先にボールに触り、そのあとに両選手が「衝突」する形となっている。衝突の原因に関しては、両者の勢いが重なった印象はあるが、カタール⑪が先にボールに触れたという点は大きく、遅れて衝突したヨルダンGKに非があると言わざるを得ない。リプレイ映像を見た上でのファウル判定は妥当なところだろう。

 

馬寧主審としては、カタールのロングボールに対して縦方向に動いたものの、最初の競り合いのところで足が止まってしまい、その後のカタール⑪の裏への抜け出しに出遅れてしまった。そのため、サイドに回り込んで角度を確保する余地がなく、ボールに触れたかどうかなどを見極められなかったように思う。

 

なお、VARにより修正されたオフサイド判定に関してはかなり際どいところであり、肉眼での見極めが誤ったことを「ミス」と評するのは酷だろう。

 

 ポジショニングに苦労した90分間。マネジメントは上出来だったが…。

 

全体的にはカタールに与えた3つのPKはどれも一定の妥当性があり、決して「地元ひいき」というわけではない。馬寧主審自身のパフォーマンスとしては、ロングボールが飛び交う展開の中でポジショニングに苦労した印象で、2度のPKはポジショニングが中央寄りになったことが見極め失敗・VAR介入につながった。

 

とはいえ、展開によっては大荒れの可能性もあった試合を大きく荒れることなく終わらせたことは、マネジメントという点で評価できる。また、毅然とした対応で選手の抗議に対応し、「VARで確認している」というジェスチャーも効果的に使って、選手を落ち着かせた点は及第点以上だろう。月並みな言葉ではあるが、「彼らしい」ジャッジで決勝戦を裁ききった。