アジアカップ2023の決勝トーナメント1回戦。日本代表とバーレーン代表の一戦を講評する。
バーレーン vs. 日本
<Referee Topics>
省エネ型のポジショニングは
もったいない振る舞いだ。
Referee:
Ahmad Al-Ali (Kuwait)
Assistant referees:
Abdulhadi Al-Anezi (Kuwait)
Ahmad Abbas (Kuwait)
4th Official:
Mohanad Qasim Sarray (Iraq)
Reserve assistant referee::
Ahmed Al-Baghdadi (Iraq)
Video Assistant:
Mohammed Abdulla Hassan Mohamed (United Arab Emirates)
Adel Al-Naqbi (United Arab Emirates)
日本vsバーレーンの審判団はクウェートのセット。主審はAhmad Al-Ali。日本語表記だと「アハマド・アル・アリ」か。ネットでもいまいち情報が見つからないが、そもそもジャッジが難しいシーンがあまりなく、大きな問題は生じずに90分間をやりきった。
OFR(オン・フィールド・レビュー)となった久保のゴールシーンについては、久保がオフサイドポジションであることは明らかであり、副審のフラッグアップは妥当。焦点になるのは「ラストタッチが日本の選手かバーレーンの選手か」であり、後者の場合には「それが意図的なプレーか否か」が判断のポイントになる。
事実としては上田はボールに触れておらず、バーレーンの選手がラストタッチ。バーレーンDFとしては、逆をとられたとはいえ、ギリギリ触ったというよりは、ボールを意図的にプレーしたと捉えるのが妥当で、VAR介入→OFR→オフサイドなしでゴールを認めるという最終的なジャッジは正しい。
当初はオフサイドジャッジだったので、アル・アリ主審としては「ラストタッチが日本の選手」と捉えた可能性が高そうだ。スルーなどが入って若干ごちゃついたものの、トップレベルとしては見極めたいシーンには思える。
それ以外の点では大きな問題はなかったが、全体としてバイタルエリア付近に「滞留」するシーンが多く、より効果的な縦パスや逆をつくプレーが出てくるとプレーの邪魔になった可能性もある。
サイドにあまり寄らず、中央寄りの位置を保つ傾向は、このごろアジアの審判員で多く見られる傾向にはなっている。ゴール前に「先回り」することで、PKか否かを筆頭に得点に直結するプレーを近い位置で見極めやすい。一方で、中盤でボール奪取が起こった場合やショートカウンターの場面で出遅れるリスクもあり、個人的には「要所だけ抑えればOK」という意図が感じられて好みではない。
走力に乏しい主審の場合には重要局面での出遅れを防ぐ工夫として考えうる選択ではあるが、アル・アリ主審は走力自体は水準以上であり、プレーをしっかりフォローする形でも十分に付いていけるはず。自身のポテンシャルを考えると、「省エネ」運転はもったいない印象だ。
また、判定自体は間違っていないが笛を吹くのがワンテンポ遅れる場面が散見された。アドバンテージを探ったのかもしれないが、自信がなく迷っているようにも見えてしまうので、これも「もったいない」振る舞いだ。無用な抗議を防ぐ意味でも、毅然とした判定を意識したほうがよさそうだ。
試合の講評
じっくり攻めて、落ち着いて守備。
要所を締めて、余裕の勝利。
バーレーンは引き籠らず。じっくり攻めるのが有効。
バーレーンはがっつり自陣に引きこもることはせず、日本ボールのスローインなどではしっかり前から嵌めにきていた。守るときは4-1-4-1で、アンカーの周りをインサイドハーフが固めてバイタルエリアは消している。ボールサイドに人を寄せる点も含めて、現代サッカーのトレンドをふまえたオーソドックスな戦術を地道に遂行した印象だ。
バーレーンは戦術的な秩序がとれており、簡単に崩れる相手ではなかった。それだけに、旗手や久保がハーフスペースを突いてチャンスをうかがいつつ、じっくり攻めることが必要であった。前半に隙をついて先制に成功したのもあり、日本としては攻め急ぐ理由がなくなり、余裕をもった試合展開となった。
日本としては細かいパス回しはアリだが、狭いスペースでボールを回しすぎないことが重要になった。ボールをワイドに動かして相手を揺さぶり、相手を引き寄せて、ウィングやサイドバックが逆サイドのスペースに出ていけば、たとえパスが通らなくても相手は背走し消耗していく。落ち着いてパスを回すことで十分に勝ち切れる試合展開であった。
バーレーンの攻撃は結局ロングボール。対人に優れた板倉と冨安が「余裕の」対応。
バーレーンの攻撃面に関しては、やみくもにロングボールを蹴ることはせず、多少はボールを繋いでくる場面が見られた。一方で、日本のプレスをはがして前進するほどのクオリティはなく、結局は大柄なフォワードへのロングボールが攻撃の軸になっていた。日本としては、板倉と冨安が対人で十分に戦えており、あまり怖さを感じない攻撃であった。
日本にとってのリスクはセットプレーを除けば、中盤でのボールロストからショートカウンターを喰らうこと。この試合では久保や中村がボールを持ちすぎて囲まれボールを失う場面も散見されたが、冨安と板倉の対人守備の強さに加え、遠藤と守田のリスク管理も際立ち、そこまで脅威にはなっていなかった。
守備面では個のクオリティで大きく上回り、組織としても十分にリスクが管理ができていた。バーレーン側のクオリティの限界もあり、日本にとっては「余裕の」試合運びであったといえよう。
ポジショニングと戦術眼に長けた毎熊は出色の出来。
バーレーンの消耗は時間の問題であり、日本としては個の優位性を活かして十分に勝てる試合となった。個人として際立っていたのは、右サイドバックの毎熊。インサイドの「気の利いた」ポジションがとれるのは、菅原にも酒井宏樹にもない毎熊の良さであり、中と外のポジション取りは世界でも通用するクオリティだろう。
プレー精度という点では、守備時のポジショニング、クロス精度など改善の余地はある。ただ、サイドバックにも攻撃面でのプレービジョンや組み立てへの参加が求められる現代サッカーにおいて、戦術眼に長けているのは大きい。早めに欧州にわたって戦術的な薫陶を受けつつ、フィジカル面でのスケールアップを遂げれば世界的な名手も夢ではないだろう。
旗手の負傷を見事に埋めた守田のインテリジェンス。
日本にとってリスクになりえたのは2回。旗手の負傷と失点だ。
旗手に関してはハーフスペースに抜けてボールを引き出せる選手であり、彼の離脱で攻撃のダイナミズムが失われることが懸念された。ただ、代わって入った守田が(おそらく意図的に)高めのポジションを保ったのは効果的であった。
いつものように引いた位置で組み立てに参加するスタイルだとチームの重心が下がってしまう可能性もあったが、高めの位置をキープしたことでバーレーンを押し込んだままにすることができた。「頭のいい」守田ならではの効果的な振る舞いだった。
旗手は少なくともイラン戦の出場は厳しそうなので、守田の先発が濃厚だ。ただフル稼働が続く遠藤の疲労も気になるので、出番が少ない佐野にも期待したい。ダイナミズムと活力を出せる佐野は、試合展開が膠着しがちな後半の中盤以降で効果的。三苫とは異なるゲームチェンジャーとしての可能性を秘めており、2011年大会の細貝萌のようなシンデレラボーイとしての活躍も期待したい。
失点後の三笘。まさしくゲームチェンジャー。
失点シーンに関しては、鈴木彩艶と上田絢世が交錯する形での失点となった。ミス絡みというショックもあり、バーレーンに流れが傾いてもおかしくない展開で、スタジアムのムードとしても「このままだとまずい」という感じが漂ったのは間違いない。
ここでは三笘という切り札がベンチに戻ってきていたことが大きかった。投入自体で「期待感」により流れを変えることができ、プレー自体でもドリブル突破で違いをつくることができる三笘の存在は唯一無二。失点直後に彼を投入したことは妥当だったし効果てきめんであった。
くわえて、上田絢世が積極的なプレーでゴールをこじあけ、再びリードを2点に広げたのも大きかった。今大会の上田は欧州での好調もあり堂々とプレーしており、今まで見られていた遠慮が薄れている。日本代表のエースとしての位置を遂に確立しそうな勢いだ。
左サイドは突破力に優れた森下が見たい。
次戦に向けては、左サイドの人選が悩ましいところ。バーレーン戦でも、高望みであるのは承知のうえで、中山雄太がボールを持った場面で「彼がドリブルで少しでも突破できれば…」とか「右足に持ち換えてサイドチェンジのパスを蹴ることができれば…」とか思う場面がちらほら。展開によるが、森下の起用を検討してもよいのではないかと思う。
三笘に関しては先発起用にこだわるよりも、ゲームチェンジャーとしてベンチに置いておくのがよいだろう。試合展開によっては温存という選択肢もあり、まずは中村や堂安でプレッシング強度を保ち、イランを勢いづかせないようにしたい。前半からのプレッシングで怪我明けの三笘が消耗するのはもったいないだろう。
久保と南野。異なるタイプのトップ下は使い分けを。
また、久保の調子自体は悪くないが、バーレーン戦のようにバイタルエリアのスペースが消されている状況だと、足元でボールを受けがちな彼は活きにくい。むしろ、スペースへのランニングで相手を揺さぶることができる南野のほうが活きた展開には思えた。
相手が引いて守る際には創造性に優れた久保、相手がコンパクトな陣形でバイタルエリアを消してきた際にはスペースランニングに優れた南野、と異なる特徴をもつトップ下を相手の出方に合わせて使い分けたい。イラン戦に関しては疲労も考慮すると南野先発もアリではないか。
鈴木彩艶に課題はある。ただ今大会で本人を叩くのは意味がない。
最後に、鈴木彩艶について触れておこう。この試合では、1対1でのシュートストップ、相手のプレッシャーに動じず的確な繋ぎを見せるなど、よい面も見られた。ただ、失点シーンでのキャッチング・パンチングの判断は当然議論の的になる。
失点に直結した上田絢世との交錯シーンについては、大歓声で声が聞こえないなど「アウェイの洗礼」でもあり、見かけよりも難しいプレー判断が求められた。あれを「鈴木のミス」として断罪するのは酷であり、あのプレーに関しては振り返りと再発防止を考えて次につなげればよいだけだ。
もったいなかったのはコーナーキックに繋がる前のシーンで、キャッチできそうなボールにパンチングを選択し、そのパンチングの飛距離が出ずに相手の攻撃につながってしまったシーンだ。ボールに回転がかかっていたとはいえ、相手のプレッシャーもそこまでかかっておらず、相手の攻撃を切る意味でもキャッチしてほしい場面であった。
ただ、ゴールキーパーというポジションは経験が重要であり、特に状況判断に関しては一朝一夕で伸びるわけではない。また技術的な面(スキル)も大会期間で劇的に改善するものではない。現時点で鈴木彩艶が「実力不足」であることは否めないが、彼へのバッシングを続けることは得策ではなく、責任があるとすれば起用している監督・コーチ側だろう。
技術不足は本人が一番自覚しているはずで、この大会が若い彼にとって貴重な経験・糧となるのは間違いない。伸びしろに期待しつつ、今大会の出来に関しては彼を招集し起用する監督・コーチ陣が負うべきだ。現実的ではない批判で若者を潰してはならない。