アジアカップ2023のグループステージ第2戦。勝ち点3同士の対戦となった日本代表とイラク代表の一戦を講評する。

 

 TODAY'S
 
イラク vs. 日本

 

<Referee Topics>
「中東の笛」との評は不当。
公平で堂々たるレフェリング。

 

    

Referee:

Khaled Saleh Al-Turais (Saudi Arabia)


Assistant referees:

Zaid Al-Shammari (Saudi Arabia)
Yasir Al-Sultan (Saudi Arabia)

 

4th Official:

Nazmi Nasaruddin (Malaysia)
 

Reserve assistant referee::
Mohd Arif Shamil Bin Abd Rasid (Malaysia)


Video Assistant:

Khamis Al-Marri (Qatar)
Mohammed Al Hoish (Saudi Arabia)

 

主審を務めたのはサウジアラビアの36歳、サレハ・アルトゥライス。2016年から国際主審を務めているが主要大会は初めてで、この試合がアジアカップの主審デビュー戦となった。

 

一部のネット民は「中東の笛」として不満を示しているようだが、レフェリングに大きな問題はなく、不満の声は不当だ。むしろイラク代表側のオーバーリアクションにも動じず、落ち着いて試合を裁いていた印象で、堂々たるアジアカップデビューだったと言える。

 

 

最大の論点となる後半11分のPK取り消しに関しては、結果的にノーファウルとした判定は妥当だと考える。リプレイ映像で見ると、イラク代表②(アリハイダル)は後れをとりつつもボールに触れている。浅野の足に接触したのはボールとほぼ同時であり、ボールに触れている以上はノーファウルとすべきだろう。(なお、浅野との接触が明らかに先であれば、ボールに触れていたとしてもファウルの可能性はあった)

 

OFR(オン・フィールド・レビュー)に至るまでがかなり早かったので、おそらく主審は「ボールに触れたのは浅野で、DFはボールに触れなかった」とみた可能性が高く、それが「明らかな誤り」だと確認したVARがレビューを勧めたという流れだったと考えられる。

 

また、後半に南野がエリア内で倒れたシーンはファウルでPKもありえる接触だったが、南野側があえて足を置いて「イニシエイト」した印象もある。 どちらもありうる判定であり、ファウルでもノーファウルでもVARはオリジナルジャッジをフォローするしかないパターンだ。個人的には南野があえて足を残した印象が強く、ノーファウル判定に賛成だ。

 

その他のシーンでは、イエローカードは前半に各チーム1枚ずつ。イラク側がラフプレー、伊東純也がSPA(チャンス阻止)ということで異論はないだろう。試合全体としては選手と会話はしつつも、基本的には毅然とした態度を崩さずに接したことで、無駄な抗議や時間の浪費が減り、秩序のとれた試合になった印象だ。PK取り消しのシーンを含めて事象の見極めにはまだ課題が残るが、マネジメントが巧みなので今後の活躍が期待できそうだ。

 

なお、イラクの2点目のシーンについては、ゴールに至る前にボールがタッチラインを割っていたのではないか…というのが話題になっている。リプレイ映像で見る限りはA2のアルスルタン副審がタッチラインを踏み越えて立っており、ボールがラインを割っているかどうかを見極めるうえでは位置がズレている。状況によってピッチ内に入ること自体は問題ではないが、この場面ではボールのイン/アウトが際どく、ラインに正対するポジションをとるべきだった。

 

ただ、あの事象にVARが介入することは現実的に難しいだろう。ボールのイン/アウトは映像の角度によって見え方がかなり異なるので、よほど明らかに「ラインにかかっていない」ことを示す映像がない限りはオリジナルジャッジを覆すことはできない。得点に関わるのでもちろんVARチェックの対象だが、タッチラインに沿った角度のカメラ設置はないはずで、VARがあれを覆すのは難しいだろう。

 

 TODAY'S
 
試合の講評

 

3バック移行の手を打てず。
伊藤洋輝は戦術の被害者。

 

 松木安太郎氏の解説では、サッカーの魅力は伝わらない。競技規則の誤解にもつながる。

 

試合内容の前に、テレビ朝日で放送解説を務めた松木安太郎氏について触れておきたい。本ブログでは過去に北澤豪氏の解説を批判したことがあるが、それとほぼ同じことが今回の松木氏にも言える。

 

 

松木氏の発言を振り返ると、「とにかく1点」「シュートを打ちたい」など素人でも容易にわかる発言がほとんどで、戦術的な解説はほとんどなかった。もちろん、ライトファンも多い地上波放送で難度が高すぎる戦術理論を繰り広げるのが適当だとは思わないが、あくまでも「解説」というポジションであって、「盛り上げ隊長」とかではないことを自覚していただかねばならない。

 

もちろん、ライトファンが共感しやすい彼の物言いに親近感を覚えるという視聴者もいるはずだが、彼の「解説」を聞いている限りはサッカーを見る眼が肥えることはない。見た目やパッと見の印象に目が向き、本質を見逃したままになってしまうという危惧を感じている。

 

百歩譲って戦術的な理解が深まらないのは致し方ないとしても、競技規則(ルール)に関する誤解が広がるのは実害がある。例えば「VARはチェックしないの?」という発言が繰り返されていたが、VARはあらゆる事象をチェックはしており、そこで「介入」するかどうかは判断の問題になる。VARが職務放棄しているかのような物言いは明らかに事実誤認だ。

 

 

松木さんの解説は「居酒屋で会ったサッカー好きのおじさん」程度のクオリティである。個人的な意見にはなるが、大衆が見る可能性がある地上波放送だからこそ、サッカーの魅力をしっかりと発信してほしいと思っている。地上波放送の機会が限られる中で、彼の起用を続けるテレビ局側には、視聴者のサッカーリテラシーを高める気概はないのか。サッカー文化の成熟に大きな懸念を抱く放送であった。

 

 鈴木彩艶へのバッシングは不適切だが…。

 

さて、いわば「完敗」となったこの試合では、失点シーンについて鈴木彩艶が批判を浴びている。確かに、1失点目のセーブに関しては、クロスを予測して出て行ったはずなので、パンチングするならもう少し飛距離を出したかったところ。

 

世界最高峰と評されるリヴァプール所属のGKアリソン・ベッカーのプレーを見てみると、反射神経やポジショニングに加え、状況判断力が優れており、ボールを弾く位置やキャッチ/パンチの判断などに誤りがほとんどない。


これ単体で袋叩きに遭うほどのミスではないが、初戦でもパンチングの場所と勢いに課題があっただけに、「同じ轍を踏んだ」感はある。ビルドアップでは初戦のベトナム戦よりも落ち着きが増して的確な繋ぎができていたが、本業のシュートストップのところで安定感を欠くと、守備陣としても「シュートを打たせてはいけない」という意識が強くなり、余裕のない対応につながる。

 

若い鈴木彩艶をバッシングで袋叩きにすることが適切とは思えない。また、状況判断は年齢・経験とともに成熟していく部分だ。ただし、現時点で鈴木彩艶は日本代表の守護神として実力不足と言わざるを得ないだろう。(まぁ、森保監督は思いやりと頑固さがあるので、おそらく起用を続けるだろう)

 

 3バックにすれば守備は改善したはず。イラクの攻撃に受け身であり続けた森保ジャパン。

 

さて、この試合の日本代表は攻守ともに課題山積だったが、まずは守備面を見ていこう。

 

シンプルなロングボールで前進を許し、クロスに中央で起点を作られ、ハーフスペースを突かれる…という時点で組織として崩されていたのは大きい。彩艶のミス云々の前に、狙い通りに相手に崩れた事実を重く受け止めねばならない。

 

イラクは大柄な⑱(アイメン フセイン)を前線に1トップで置き、2列目はテクニックがある⑰(アリ ジャシム)が幅広く動き回る形を基本としていた。日本の2センターバック(特に谷口)はフィジカルに優れた⑱の対応に苦慮しており、彼との1対1で押されていたので、積極性が失われていた。結果的にラインを押し上げることができず、⑱が下がった際には釣り出されるのでギャップを空けてしまっていた。

 

⑱ありきの攻撃を受けていた前半の打開策としては、3バックへの変更が有効だったのではないか。日本代表で最もフィジカルに優れた板倉を⑱にマンマーク気味につけつつ、枚数を増やすことでギャップを埋めていけば、ハーフスペースが空きにくくなったはずだ。

 

カタールワールドカップでも可変システムを披露した森保ジャパンは3バックへの適正があるメンバーも多い。今回のメンバーでも、伊東純也を右ウィング、菅原を左ウィングに回せばメンバーそのままで3バックに移行することはできた。右サイドの菅原が明らかに狙われていたこともふまえると、前半の早い段階で抜本的な手を打ちたかったところだ。

 

 南野の左サイド起用は機能不全に。久保との「渋滞」と伊藤洋輝にかかる過剰な負担。

 

一方の攻撃に関しては、伊東純也の単独突破を除くとほとんど機能しなかったと言っても過言ではない。特に重症だったのが中央~左にかけての崩しで、中央でのプレーを得意とする南野と久保がバイタルエリアで「渋滞」を起こしており、左サイドの崩しはセンターバックが本職の伊藤洋輝におまかせ…という酷な状況になっていた。

 

このブログでは再三指摘したことだが、南野は単独の突破力があるわけでも上下動に耐えうるスピードとスタミナがあるわけでもないので、サイド起用でまともに機能したことはほとんどない。久保と併用するなら、南野がトップ下で久保が右という後半の起用法一択だ。

 

また、もし南野を左で起用するなら、左サイドバックは上下動とダイナミズムに長けた森下あたりは起用するべきだった。伊藤洋輝は悪い選手ではないが、スピードや突破力があるタイプではない。上下動を強いられた彼のクロスが精度を欠いたのは彼の能力不足というよりは、チーム戦術の歪みをもろに受けた中での必然であった。

 

後半は2列目の並びを入れ替えて整理を図ったが、伊東純也は左足のプレー精度が伴わず、突破はすれどクロスが不発。途中投入された前田大然に関しては、スペースがない中でスピードを活かす場面はほとんどなく、投入の意味がほぼなかった。

 

こうして試合を通じてチグハグな状態が続いた左サイドが日本の攻撃が停滞する主因だったと言える。(右サイドにしても、伊東純也の単独突破に依存しており「攻め急ぎ」の傾向が強く有機的ではなかったが…)

 

 チームとしての狙いが見えない。攻守に共通意識を欠いたがゆえの完敗。

 

攻守の課題を総括するならば、「チームとしての形・狙い」が見えなかったことに尽きる。攻撃であれば、サイドからのシンプルなクロスが目立ったが、小兵揃いの日本攻撃陣はシュートをまともに打たせてもらえず、イラク代表の屈強な守備陣が難なく跳ね返していた。グラウンダーやマイナスの速いクロスが入るわけでもなく、何の工夫も感じられない攻撃が淡々と続いたのは、攻撃面での共通意識の乏しさを示している。

 

守備面についても、右サイドの菅原を筆頭に、最終ラインが釣り出される場面が目立った。もちろんマークを捨てずに付いていくこと自体は間違いではないが、それによって空いたスペースはボランチなどがスライドして埋めなければならないが、カバーが遅れて後手の対応になる場面が目立った。イラク代表が素早い横スライド、ボランチのカバーでスペースを埋めていたのとは対照的な体たらくであった。

 

前線からのプレッシングをロングボールで回避された…というイラク代表のしたたかさはあったものの、それを甘んじて受け入れてしまい、狙いをもってプレッシングをできなかった点は大きな課題だ。もちろん個人のコンディションという点もあるだろうが、それならば佐野や旗手などを早めに起用すればよかったわけで、森保監督をはじめとするベンチの交代策にも疑問が残る。

 

 4年前と同じ課題を抱える森保ジャパン。選手個人のクオリティは上がっているはずだが…。

 

全体としては、前回のアジアカップやカタールワールドカップの予選を(悪い意味で)彷彿とさせる内容であり、2021年の本ブログ記事で指摘したものとほぼ同じ課題を抱えているといえる。

 

 

 

カタールワールドカップでは、予選でふがいない戦いを続けつつ、本大会で「選手自身が考える」サッカーが結果につながった森保ジャパン。とはいえ、その結果は相手の出方をふまえたリアクションサッカーに徹したがゆえでもあり、能動性が求められるアジアの戦いでの「ゲームビジョンの欠如」という課題はなんら解消されていない。

 

ヨーロッパで活躍する選手が増え、選手個々のレベルは明らかに上がっている日本代表。「チームとしての形が見えない」という4年前と同じ課題を繰り返すばかりでは話にならない。森保監督は結局「選手の自主性」に懸けるタイプのようなので、ヨーロッパで最先端の戦術に触れた選手たちの修正力に期待したい。