ヨーロッパリーグ決勝。試合後にモウリーニョ監督から猛批判を浴びたアンソニー・テイラー主審率いる審判団。ジャッジの妥当性を振り返っていく。

 

 TODAY'S
 
セビージャ vs ローマ

 

    

Referee:

アンソニー・テイラー


Assistant referees:

ギャリー・ベズウィック
アダム・ナン
 

4th Official:

マイケル・オリヴァー


Video Assistant:

スチュアート・アットウェル
クリス・カヴァナー
バスティアン・ダンカート

 

 イングランドのトップレフェリーがそろい踏み。

 

EL決勝を担当したのはイングランドの審判団。EUROやCL、カタールW杯でも笛を吹いたアンソニー・テイラー率いる主審・副審のセットを軸に、テイラーとともにWエースと評してよいマイケル・オリヴァーが第4審を担当。VARには準エース的な立ち位置のアットウェルとカヴァナー。ここにドイツのVAR第一人者であるダンカートを含めた7名体制でのジャッジとなった。

 

現在のイングランド審判界を牽引するメンツが勢ぞろい…という豪華な布陣であり、イングランドの威信をかけた一戦と言っても過言ではない。マンチェスター・シティをはじめとするイングランドプレミアリーグ勢が強さを発揮する昨今の欧州サッカーにおいては、そもそも「決勝にイングランド勢がいない」ということ自体がかなり珍しくなっている。

 

イングランド勢がいる場合には自ずと同国審判団の出番はないので、イングランド審判団が主要大会の決勝を担当するのは、往年の名主審であるハワード・ウェブがUEFAチャンピオンズリーグ2009-10の決勝(インテルvsバイエルン)を担当していて以来かもしれない。

 

44歳のテイラーにとっては最初での最後の大舞台になる可能性もあり、いずれも30代後半のオリヴァー、アットウェル、カヴァナーのサポートを受けつつ、質の高いレフェリングを見せつける舞台は整っていた。

 

 判定自体は妥当だが、両軍ベンチへの対応が後手を踏み、荒れ模様の試合展開の主因になった。

 

全体総括としては、テイラー主審の判定は「誤審」と明言できるものはいくつかのゴールキック判定のみで、ほとんどは一定の妥当性をもった判定であった。強いて言えば、セリエAよりも若干タフな基準(ファウルを採らない)を採用したことで、いつものリーグ戦よりもファウルを採ってもらえないローマ側の不満が高まった…という面はあると考えられる。

 

したがってバスまで押しかけてテイラー主審を罵倒したモウリーニョ監督の抗議は明らかに「過剰」であり、気持ちはわからなくはないものの正当化はできない。

 

とはいえ、審判団としての課題がないわけではない。最も大きなものは、両軍ベンチの統制を完全に失ったことだ。ファウルが増えてきた試合中盤ごろから、両軍ベンチ前では選手・スタッフが過剰なファウルアピールや審判団への抗議を繰り返していた。そもそもテクニカルエリアに複数名がいる状態が競技規則違反だが、それはおろかエリアを大きく外れてファウルアピールをする者も続出。両軍ベンチがコントロールできなくなったことで、試合は一気に荒れた印象だ。

 

モウリーニョ・メンディリバルの両監督も判定に対する不満を盛んに示しており、異議によるイエローカードを提示するには十分の振る舞いであった。例えば、後半の早い段階で両チームの監督にカードを提示し、その際に判定基準などについて多少時間を使ってでも対話…などしておけば、多少は冷静さを取り戻せたかもしれない。

 

つまり、審判団の判定自体に大きな非はないが、両チームの監督・ベンチメンバーとの関係性の築き方やマネジメントの面では非常に大きな課題を抱えており、それが両軍のフラストレーションを高める悪循環に陥った…というのが率直な印象だ。

 

以下で、判定を1つずつ見ていこう。

 

 細かい火種も漏らさず消火。順調な立ち上がり。

 

2分、コーナーキックでグデリとイバニェスの頭同士が接触。ローマがこぼれ球を拾っていたが、安全面を考慮して速やかに試合を止めた。あのまま倒れているとボールの攻防に巻き込まれる可能性もあったので、賢明な判断だろう。

 

4分、マティッチと接触したオリベルが倒れるもノーファウル。マティッチの腕が若干当たったようには見えるが、ファウルにするほどの強度ではない。

 

7分のコーナーキックの場面ではおそらくローマサポーターがキッカーのラキティッチに向かって氷やゴミのようなものを投げ入れる事態が発生。ラキティッチの主張を聞きつつ、ローマ側のディバラにサポーターへの呼びかけは任せ、時間を置いて鎮静化を試みた。妥当な対応だろう。

 

9分、ディバラに対してグデリがチャージ。削ろうという意図はなかっただろうが、右足首につま先が接触しており、ファウルという判定自体は妥当だ。ディバラがそれなりに傷んだのを受けてローマ側がアピールするもジェスチャーを使いながら抗議は抑止。教科書通りの対応だ。

 

16分、セビージャ側がフリーキックのボールを前にセットし直した点を注意。リスタートの位置は序盤から「秩序」を保っておかないと終盤にかけて不要な小競り合いのもとになる。早い時間帯からきっちりとやらせる…・というのは非常に重要だ。

 

17分、ヘディングの競り合いでジェキチェリクとアレックス・テレスが接触。五分五分にも思えたが、ジェキチェリクがボールに触った点も考慮するとアレックス・テレスのファウルという判断も受け入れられる範疇だ。

 

 

 ヘディングの競り合いに関する判定は、この試合のキーポイントの1つだった。

 

20分、エン・ネシリとマンチーニの競り合いのシーンでエン・ネシリのファウル。体の預け方がやや露骨であり、フェアな競り合いとは言えない。ファウルは妥当だろう。

 

ヘディングの競り合いという点は序盤から両チームが激しさを見せており、エイブラハムとエン・ネシリという高さのある両センターフォワードを擁することもあり、この試合のジャッジの重要なポイントの1つであった。

 

22分には、マティッチとオカンポスの競り合いでマティッチのファウルを採り、この試合最初のイエローカードを提示。悪意はないが、顔~首のあたりに肘が当たっており、ラフプレーとして警告が出す判断は妥当だろう。ローマベンチ前だったこともありややエキサイトしたが、テイラー主審は近い位置でしっかりと見極めており、説得力があった。

 

 

 モウリーニョを筆頭にローマベンチが徐々にヒートアップ。ここを放置したことが後半に響いた。

 

このマティッチのプレーがローマベンチ前で起こったことをきっかけに、ローマベンチが徐々にエキサイトし始める。直後の24分には、ディバラに対するホールディング気味のファウルが採られなかったことに対し、ローマ側のスタッフの複数名がテクニカルエリアに出てきて4thのオリヴァーに抗議。

 

ディバラへのファウルは「採っても採らなくてもよい」レベルには思えたが、このあたりからローマ側が判定へのフラストレーションを溜め始めたことがモウリーニョ激高の伏線になったようには思われる。セビージャ側も含めて選手、スタッフ、スタジアムのテンションが悪い方向に上がり始め、各所でファウルとファウルアピールが続発する展開になってしまった。

 

ローマベンチは本来一人しか出られないはずのテクニカルエリアに複数名が出ている場面も見られたので、試合全体を落ち着かせる意味でも、ローマベンチで主張に耳を傾けつつ、自制を促す時間があってもよかったようには思われる。ここでガス抜きができなかったことが結果的には痛かった。

 

31分、グデリがクリアを試みたところにエイブラハムが顔から突っ込んで倒れるもノーファウル判定。グデリの足は多少上がっていたが安全への配慮を欠いているとまでは言えず、エイブラハム側がむしろ無謀に突っ込んだ印象が強い。タイミング的にも「クリアした後にエイブラハムが頭から突っ込んできた」という捉え方が妥当で、ノーファウルでよいだろう。

 

 先制シーンはノーファウル妥当。ペッレグリーニのシュミレーション判定も適切だ。

 

35分、ディバラの先制シーンでは、その前にローマがボールを奪ったシーンでファウルの可能性があった。ラキティッチとクリスタンテがもつれ合う形となっていたが、あの程度の接触でファウルを採るのは難しいだろう。ホールディングという見方もできなくはないが、ラキティッチ側も腕がかかっており「お互い様」という印象も強い。ノーファウルとした判断は十分に受け入れられる。なお、このシーンではセビージャベンチのラファ・ミルに抗議によるイエローカードが出た模様だ。

 

37分、エン・ネシリがマンチーニに「絡んで」ファウル。失点のフラストレーションが発露したのは明白なので、些細なファウルではあったが素早く介入してエン・ネシリのガス抜きに努める。理想としては、38分にマンチーニが「やり返し」に近いファウルを犯した際にも自制を促す声掛けをしてもよかったようには思う。

 

39分、ディバラに対してラキティッチのファウル。ディバラが負傷を抱えつつ…という事情もあり、ディバラへのファウルにはローマ側が強くアピールしていたが、ファウル自体は「不用意」レベルであり、ファウル+ノーカードというジャッジでまったく問題ない。

 

43分、クロスをクリアしたイバニェスに対してやや遅れてオカンポスが突っ込むもノーファウル判定。これにもローマベンチがやや過剰に反応していたが、もし逆にファウルを採っていたらセビージャ側が猛抗議したはずで「どっちにしろ抗議不可避」というシーンではあった。個人的にはオカンポスの飛び込みはボールへのチャレンジの一環として認められるべきと考えた。ローマベンチの言い分もわからなくはない(この時間帯でのセットプレーは避けたい)が、ノーファウルでよかろう。

 

45分には、ペナルティエリア内で倒れたペッレグリーニに対してシュミレーションで警告を提示。自らが相手に足を当てにいき、やや遅れて倒れる…という手口は決して認められない。ローマ側としては「自軍にばかり厳しい」という印象は抱くだろうが、この判定も適切なジャッジだと言える。

 

 

 「ホールディング気味」の判定はあまり採らず。一貫した基準ではあったが、ローマ側に不利に転ぶ場面が多かった。

 

45+4分には、オカンポスをクリスタンテが倒したシーンでアドバンテージ適用するも、ブライアン・ヒルのボールロストをふまえてロールバック。状況を見極めた冷静な判定だ。45+6分には相手に体を預けたディバラが倒れるもノーファウル。ここの「若干ホールディング気味」のプレーはローマ側としてはファウルを採ってほしいのはわかるが、一貫してノーファウルにしており、基準としてはブレていない。

 

47分、ホイッスルが鳴った後にボールに絡んだマンチーニに注意。マンチーニ側の態度もあってか、かなり強い口調での注意となった。その後、48分にボールを失った場面でホールディングを働いたため、イエローカードを提示。マンチーニのユニフォームに手がかかって破れていたが、そもそもはマンチーニ側が押し倒したのが先であり、いずれにせよローマ側のファウルであることは疑いの余地がない。

 

58分、ゼキ・チェリクのアレックス・テレスに対するタックルがファウルに。ボールへのチャレンジではあったが、ボールに触れる前にアレックス・テレスの足に足裏が接触しており、ファウル判定は妥当なところだろう。

 

 ファウル増加で両軍がさらにヒートアップ。ここまで来ると消火はほぼ不可能に…。

 

60分、オカンポスがマティッチを倒したシーンは、足を踏みつける形になっており警告が出てもおかしくなかった。このあたりからは両チームの選手がファウルやカードのアピールをさらに盛んに行うようになっており、このシーンでもカードを要求するローマ側を強い口調で制するようすが見られた。必死に統制を取ろうとはしていたが、局面での激しさも相まってこの段階でのコントロールはかなり難しい。できるとすれば、セットプレーに時間をかけて選手が落ち着く間合いを作る…くらいであった。

 

65分にはディバラが負傷を抱えたことでローマ側がボールを外に出すようにアピールするもセビージャ側がプレーを続行。結局はラキティッチの「無謀な」タックル(のちほどイエローカード提示)でプレーは止まったが、ここで執拗に抗議したクリスタンテにもイエローカード。このプレーよりも前から抗議の度合いが増しており、やむを得ない警告だ。

 

ローマベンチはプレーを止めなかったことに対して怒っていたが、早急に治療が必要な頭部の負傷などではないので、すぐにボールを外に出す必要性はない。セビージャ側が機を利かせて出すことはありうるが、ディバラは足を引きずりながらも立っていたし、テイラー主審がプレーを止める必要は全くない。

 

74分、ラメラの走り込みをホールディングで留めたゼキ・チェリクに警告。セビージャベンチが総出で警告をアピールしたのちの警告提示となったが、「プレッシャーを受けて出した」印象を与えないためにも、より速やかにカードを提示してもよかったか。

 

 VAR介入によるPK取り消しは適切な判定。

 

75分には、この試合最大の判定。オカンポスのドリブルをイバニェスが止めた場面について、当初はPKが与えられるがVARが介入。OFR(オン・フィールド・レビュー)の末にPK取り消しとなった。

 

リプレイ映像で見ると、イバニェスの足先が僅かにボールを突いていることが確認できる。ボールを触っている=ノーファウルというわけではなく、オカンポスに先に接触していればファウルという判定もありえたが、今回は同時またはボールに触れたのが先なので、ノーファウルという最終ジャッジで妥当だろう。

 

なお、OFRの際には主にセビージャ側のベンチメンバーがモニターを覗き込んでみようとするシーンが見られたが、これはあまり好ましくない(レビューエリアに侵入すれば警告対象だ)。4thのオリヴァーが盾になっていたものの、本来であればモニターからもっと離れるよう促すべきだ。

 

79分にはマンチーニとラメラが接触し、ラメラのファウルを採る。ルーズボールを追いかける際にもつれ合う形になったが、若干ホールディング気味だっただけでそこまで悪質な行為ではなかった。ファウルは採るがカードはナシ…という判断で妥当だろう。

 

 フェルナンドのハンドはノーでOKと思われるが、なかにはハンドを採る審判もいるだろう。

 

81分には、マティッチのクロスがフェルナンドの左腕に当たったように見えたがノーハンドのジャッジ。腕は胴体から多少離れているものの、「不自然に広がっている」とまでは言えず、「ボールに向かって腕を動かした」というよりは「腕があったところにボールが来た」という印象だ。

 

ただし、腕が胴体から多少離れていたのは事実であり、クロスが自分のほうに来ることは明白な状況だったことを考慮すると、仮にハンドを採っていた場合も受け入れられる範疇だった。つまり、いわゆる「グレー」な事象なので、いずれにせよVARは主観的な判断ゆえに介入できず、現場の判定をフォローすることになったと思われる。

 

84分のゴールキック判定は、ボノが最後にボールに触れておりコーナーキックとすべきだった。また、その後84分に、テクニカルエリアを大きく外れていたモウリーニョ監督には警告を提示するべきだっただろう。90分にもスローインの判定に対して猛抗議。先んじて1枚警告を提示しておけば、これ以降の過剰なファウルアピールも防げたはずだが…。モウリーニョに対抗してかセビージャのメンディリバル監督も盛んにファウルアピールをするようになっており、両監督に早めに警告を提示して自制を促したかったところだが、なぜカードを躊躇ったのかはよくわからない。

 

105分、ザレフスキに警告。レキクに入れ替わられたところで、ユニフォームを引っ張って阻止したので当然の警告だ。笛が鳴った後に相手の顔面に手が入ったものの、ファウルになるレベルの接触ではない。

 

109分には、ドリブル中のラメラの肘がイバニェスの顔に入ってファウル判定。ブロックを試みて広げた腕が当たった形だが、結果的に顔に強く接触しており、ファウル+ラフプレーでの警告という判断は妥当だと考える。

 

 ローマベンチの総立ち状態は認められない。リスタートを遅らせてでも、一人を除いて座らせるべきだった。

 

119分には、マティッチの度重なる座り込みをきっかけに、両軍ベンチがもみ合いに。そもそも一人しかいられないはずのテクニカルエリアにも人が多すぎで、エリアを大きく外れて相手とののしりあう選手・スタッフもいた。正直なところ、もはや手が付けられない状況であり、対症療法的にモウリーニョ監督と彼と激しく対立したジョルダンに警告を提示するのがやっとであった。ここでの対応は誤りではないが、その前のマネジメント不足が招いた事態とも言える。

 

延長後半アディショナルタイムには、FLの流れからイバニェスとグデリが接触して倒れるも、手が少しかかっている&バランスを少し崩したところで足が若干絡んだ程度であり、PKに値するものではない。そのあとのモンティエルへの警告はおそらく異議だろう。

 

このあたりからはローマのベンチメンバーがほぼ総立ちでテクニカルエリアに出ている状態に。これは競技規則上は決して認められるものではないので、「ベンチに戻らない限りはリスタートしない」くらいの強硬策を取ってでもベンチに戻すべきであった。

 

案の定…ではあるが、120+10分にイバニェスが倒れたシーンではベンチメンバーが揃ってファウルアピール。サッカー少年少女の発育を阻害する、非常に見苦しい光景だ。この場面ではファウルを犯したラメラに2枚目の警告が提示される可能性があったが、セビージャ側の守備は大きく崩れてはおらず、SPA(チャンス阻止)には値しないと感じた。カードを提示しなかったことは少なくとも誤審ではない。