FAカップ決勝。リーグ王者のシティと3位のユナイテッドの、マンチェスターダービーの一戦を講評する。

 

 TODAY'S
 
マンチェスター・シティ
vs マンチェスター・ユナイテッド

 

<Referee Topics>
落ち着いたレフェリング。
グリーリッシュのハンドは
肉眼での見極めは困難。

 

    

Referee:

ポール・ティアニー


Assistant referees:

ニール・デイビス、スコット・レジャー

 

4th Official:

ピーター・バンクス


Video Assistant:

デイヴィット・クーテ
サイモン・ロング

 

原則として一生に一度しか経験できないFAカップ決勝。今年その栄誉を担ったのは41歳のポール・ティアニー。オリヴァーとテイラーに次ぐ存在としてここ数年はビッグマッチの担当も多く、順当な割当であると言えよう。2つ年上のクレイグ・ポーソンが主審を務めた昨季のファイナルではVAR担当であり、着実に階段を上って大役を担うこととなった。(その意味だと、来年の主審候補はデイヴィット・クーテか?)

 

3分、ヴァランとハーランドの攻防戦はノーファウル。若干ホールディング気味ではあったが、許容範囲内とした。ホールディングに関しては比較的タフな基準を採用した印象だ。とはいえ、20分のヴァランのように露骨なホールディングはファウルを採らざるを得ない。

 

同じく3分にはデブライネが倒されてファウル。ワン・ビサカのホールディングがあり、アドバンテージを適用したがシティがボールを失ったため、ロールバックしてファウルを採った。このあたりは落ち着いたレフェリングで試合を進められていたと言えよう。

 

12分、アカンジとカゼミーロの接触はアカンジのファウルを採った。初見の印象としては私も「アカンジが遅れて突っ込んだ」ように見えたが、リプレイ映像で見るとスライディングを試みたアカンジの左足首にカゼミーロの足裏が接触しており、逆のファウルにも見える。足裏の接触強度はそこまで高くないので一発レッドの可能性はほぼないのでVAR介入ナシは妥当だが、目の前で事象を見ていたはずのピーター・バンクス第4審の助言を得て判断する…というのも一手だったか。

 

29分には、対角のパスに走りこんだワン・ビサカに対応したグリーリッシュの手にボールが当たったシーンでは、当初はノーハンドの判定だったが1分弱経過したところでVARが介入。ティアニー主審がOFR(オン・フィールド・レビュー)を行い、ハンドでPKとなった。

 

グリーリッシュの手にボールが当たっていることは疑いの余地がなく、おそらく故意でもないので論点になるのは「腕の位置の妥当性」ということになる。ジャンプをする中で腕が広がるのは自然だが、リプレイ映像で見るとボールが当たる前に腕が上方向に動いており、映像から受ける印象はあまり良くない。結果的に腕の位置が比較的高かったこともふまえると、ハンドを採った判定は妥当なところだと言えよう。

 

程度としては、若干手に当たったくらいなのでティアニー主審が見極めるのはかなり難しかった。角度的にはA2のレジャー副審のほうがよかったかもしれないが、副審の距離感での見極めも厳しいだろう。VAR介入を経ての判定となったのは致し方ない印象で、審判団を責めるのは酷だろう。

 

39分、デブライネがフレッジと接触してエリア内で倒れるもノーファウルの判定。フレッジがデブライネの進路をやや強引に塞いだように見えるが、接触の度合いとしてはそこまで強くはない。足だけを出してのトリッピングであればファウルの可能性は高まるが、足以外も含めてボールとの間に体を入れる形にはなっていたので、ノーマルフットボールコンタクトの範疇であると考える。ティアニー主審のノーファウル判定は十分に支持できる。

 

40分にはストーンズがカゼミーロに遅れてチャージし、続けざまにグリーリッシュがブルーノ・フェルナンデスにチャージ。前述のノーファウル判定への不満もあってかややラフな接触が続き、スタジアムの観衆も含めてややヒートアップする状況となった。

 

ティアニー主審としては、勢い余った程度のストーンズのファウルはアドバンテージを適用し、明らかにフラストレーションの発露であったグリーリッシュのチャージは笛を吹いた判断は妥当だと言えよう。後者のファウルはアドバンテージを適用するよりも、試合を止めて両チームの選手を落ち着かせたほうがマネジメントの観点で適切であり、よほどのチャンスでない限りはアドバンテージを適用しないほうがよい。

 

43分、ショーとベルナルド・シルヴァがもつれ合って倒れるも双方ノーファウル。腕を広げてベルナルド・シルヴァの前進を止めたショーのプレーはファウルとまでは言えず、ベルナルド・シルヴァが倒れ際にショーの足を払うようになった点も情状酌量の余地はある。どちらもノーファウルとしたうえで、コミュニケーションをとって落ち着かせる対応は妥当なところだろう。

 

前半アディショナルタイムにはワン・ビサカに警告を提示。僅かではあるがグリーリッシュの足に接触しており、ファウル判定自体は妥当だ。ただし、接触は僅かであり、グリーリッシュとしてもあえて足を残して接触を誘った印象もあるので、イエローカードは厳しいか。ワン・ビサカのタックルが遅れ気味だったこともあり、実際の接触よりも強い接触に見えたのかもしれない。

 

76分、カゼミーロのハンドを採ったシーンは、腕は広がっていたもののボールを扱っていないように見えたので、ノーハンドが妥当に思えた。カゼミーロ本人とテン・ハーグ監督の抗議は十分に理解できる。

 

81分、遅延行為でオルテガに警告。後半はゴールキックをかなりゆっくりやっていたうえに、ゴールキックのボールセットがあまりにも遅すぎたので、必然のイエローカードだ。

 

全体としては、落ち着いた振る舞いでダービーマッチを比較的穏やかに進めることに成功。ワン・ビサカへの警告はナシでよかったと思うが、それ以外の判定はおおむね妥当性があり、グリーリッシュのハンドを見極めるのは現実的に困難。ここ数年で急成長を見せた「落ち着き」という点を武器に、自身の集大成と言えるレフェリングを見せた。

 

 TODAY'S
 
試合の講評

 

やるべきことはやったが力負け。
個でも組織でも強いシティ。

 

 ラシュフォード1トップは「ウォーカーを避ける」意図も?

 

シティのスタメンはおおむね予想通り。4-3-3をベースに、ストーンズが攻撃時はボランチ気味に振る舞う可変システムを採用し、両翼はグリーリッシュとベルナルド・シルヴァをチョイス。左サイドはアケーも起用可能な状態ではあったが、アカンジをスタメンに据えた。消化試合となったリーグ最終節のブレンフォード戦からはほぼ総入れ替えで、主力は休養ばっちりでの一戦となった。

 

一方のユナイテッドのスタメンは、結局アントニーが負傷で間に合わず欠場となったため、フレッジを先発起用したうえでブルーノ・フェルナンデスを中盤の右で起用。右サイドバックは守備に強みがあるワン・ビサカ、センターバックは本職サイドバックのルーク・ショーではなくリンデレフと、「粘り強く守ってカウンター」という狙いが色濃く出るスタメン選択となった。

 

また、1トップはラシュフォードを起用。マルシャルの負傷欠場という事情もあったが、左サイドだとカイル・ウォーカーと対峙することになり、スピード面での優位性を出せない可能性が高い。ラシュフォードがチーム最大の得点源となっている中で、「ウォーカーを避ける」という点も起用意図の一つかもしれない。

 

 集中力と意思統一。シティのほうが一枚上手。

 

試合は開始早々13秒でシティが先制に成功。DAZN解説の福西崇史氏が指摘したように、ロングボールのこぼれ球をリンデレフがバウンドさせてしまい、苦し紛れのクリアになったことが致命傷となった。

 

シティはポゼッション志向の高いチームであり、シンプルにロングフィードが入ることはそこまで多くない。この場面は立ち上がりということもあってオルテガから早いタイミングでロングボールが入ったが、ユナイテッドとしては虚をつかれ、集中力を保てていなかったようにも見えた。

 

ユナイテッドはカゼミーロとエリクセンの両ボランチの戻りが遅れている一方で、シティはギュンドアンとデブライネの両インサイドハーフが高い位置でこぼれ球に反応している。もちろん、ハーランドの高さやギュンドアンの技術レベルの高さという点もあるものの、チームとしての意思統一や認識の共有という点でシティが一枚上手であった。

 

 可変システムの狙い目はカウンター。そのリスクを埋めたシティ守備陣の巧さ。

 

シティのような可変システムは攻撃時に陣形が崩れるため、カウンター攻撃が有効である場合が多い。例えば最近のリヴァプールはアレキサンダー・アーノルドが攻撃時にインサイド寄りのポジションをとることが多いが、ボールロストの際にはアーノルド不在の右サイドを突かれてピンチになるシーンも少なくない。

 

ユナイテッドとしてもその狙いは持っており、29分にブルーノ・フェルナンデスからの縦パスでラシュフォードが抜け出しかけたシーンはその最たるものであった。しかし、当該シーンはルベン・ディアス、ウォーカー、アカンジの守備対応が見事で好機には至らず。シティ守備陣の個人能力の高さ(特にプレーを予測してのポジショニング)ならびにルベン・ディアスの統率力は際立っていた。

 

 ショートパスでの崩しはユナイテッド成長の証。

 

ユナイテッドのもう一つの攻撃の形はテンポのよいショートパスを交換しての攻撃だ。ブルーノ・フェルナンデスとエリクセンをはじめとして狭いエリアでもパスを繋げるテクニックを持つ選手が多いため、近い距離でテンポよくパスを回し、主にロドリを引き出すことでバイエルエリアが空くシーンは散見された。

 

このあたりはテン・ハーグ監督がかつて率いたアヤックスでも多く見られた攻撃パターンだ。まともな攻撃戦術が存在しなかった昨季のユナイテッドと比較すると、戦術面で着実に成長していることが実感できる場面であった。

 

 狙いはハマったユナイテッド。完敗だったが、未来につながるレッスンになったか。

 

試合展開としては、ユナイテッドがラッキーなPKで同点に追いついたものの、ギュンドアンの本日2度目のボレーシュートが決まってシティが勝ち越し。大半の時間帯で試合を優勢に進め、貫禄を見せつけての勝利となった。シティが戦術的な機能性と個人の働きの両面でユナイテッドを大きく上回り、スコア以上に内容面での差が大きかった印象だ。

 

ユナイテッドはカウンターに活路を見出したかったが、ユナイテッドの押し上げよりもシティの帰陣のほうが早く、決定機と言える場面はほぼなかった。この試合展開であれば、縦への推進力を持ったマクトミネイを早めに入れるのも一手だったかもしれない。

 

とはいえ、先発起用したフレッジは中盤を広範囲に動いて攻守に貢献したし、ワン・ビサカはグリーリッシュにほとんど仕事をさせず。途中出場のガルナチョも周囲と連携しての突破から決定的なシュートを放っていた。テン・ハーグ監督もチームとしても「できることはやったが負けた」という印象で、チームが再建途上であることをふまえると、よいレッスンだったと言えるかもしれない。