全世界に特大の衝撃を与えたクリスティアーノ・ロナウドのユナイテッド批判。批判の内容と背景を紐解きつつ、現代サッカーにおける「個」と「チーム」の関係性について考察する。

 

リスペクトを欠いているのは
むしろロナウドのほうだ。

 

▼発端となった「ザ・サン」のインタビュー記事

 

 

 監督、クラブ幹部、ウェイン・ルーニー。批判の矛先は多岐にわたる。

 

発端となったのは、イギリス紙「ザ・サン」に掲載されたインタビュー記事だ。インタビュアーはピアース・モーガン。イギリスでは著名な司会者・ジャーナリストの一人であり、ユヴェントス在籍時の3年前のインタビューを機に親交が深まったとのこと。ちなみに、2021年にメーガン妃に対する発言で番組を降板するなど、歯に衣着せぬ物言いや物議を醸す発言でたびたびイギリスを騒がせる人物でもある。

 

そんな彼とのインタビューの中でロナウドは大きく分けて以下の点に言及している。

  • ラングニック前監督およびテン・ハーグ監督に対する不信感。「長らく監督業から離れていたラングニック氏を知らなかった」「テン・ハーグ監督は自分をリスペクトしていない」
  • ユナイテッドのクラブ幹部に対する不信感。「息子の死による休暇願に対して疑いの目を向けられた」「自分をクラブから追い出そうとした」
  • (自身の振る舞いについてコメントを述べた)ウェイン・ルーニーに対する不信感。「彼がなぜ自分を批判するのかがわからない」
  • ユナイテッド全体に対する不満。「前回所属したときからトレーニング設備やプール、キッチンに至るまであらゆるものが改善していない」「多くの若い選手の態度や振る舞いに失望している」

 

 クラブ幹部にとってロナウドは「広告塔」としての価値が最も大きい。

 

まず、おおむね「ピッチ外」の要素である点について考えてみよう。

 

高給取りであり、アジアツアーの「広告塔」でもあったロナウドがプレシーズンマッチを欠場することに対し、クラブ幹部がよい顔をしなかったことは想像に難くない。家族の死というショッキングな事実があったとしても「なんとか帯同してもらえないか」と考えるのは自然なことであり、その中でコミュニケーションが破綻した可能性はある。

 

また、設備面に関しては内情がわからないので何とも言えないが、ロナウドが前回在籍したときよりもチーム内の競争力が低下しているのは事実だろう。今季加入したカゼミーロやエリクセンは一流の選手だが、昨季までの所属選手を見ると「真のワールドクラス」は見当たらない。ファーディナンド、スコールズ、ギグス、ルーニーなどの超一流を各ポジションに揃え、テベスやナニなどの実力者がベンチに控えた時代を思えば、現陣容が見劣りするのは否めない。

 

 監督批判はロナウドに非がある。リスペクトを欠いているのはロナウドのほうだ。

 

そして、各メディアがセンセーショナルに取り上げている「監督批判」の部分についてだが、この部分はロナウド側の「我儘」であると個人的には思う。この部分については、ロナウド側に非があり、情状酌量の余地はない。

 

まずラングニックについては、確かに監督キャリアのブランクが長かったのは事実だが、現代サッカーの根幹をなす「プレッシング」という潮流の元祖とも言える存在だ。特にドイツの監督界においては多大なる影響を及ぼしており、ユルゲン・クロップ、トーマス・トゥヘル、ユリアン・ナーゲルスマンなどのトップレベルの指揮官がラングニックの影響を強く受けている。その彼を「知らなかった」と評するのは、それこそリスペクトに欠けるし、知識・情報不足である。

 

また、テン・ハーグ監督については、確かにベンチを温める機会が増えたのは事実だが、それはテン・ハーグ監督の志向する戦術のうえではやむを得ない結果だ。実際に二人のコミュニケーションがどのようになされているのかは知る由もないが、起用法としては道理に適っており、理不尽に干すなどの冷遇ではない。また、ロナウド自身のパフォーマンスも常時スタメンを確約されるようなものではないのが現状だ。

 

 衰えが見られるロナウドは現代サッカーでの居場所を失いつつある。

 

一部報道によれば、ユナイテッドはロナウドとの契約解消に向けて動いているそうだが、全面的に賛成だ。今回の件で信頼関係は崩壊しているし、現在のチーム戦術および陣容を考えると、ロナウドは「有用なオプション」ではあるが絶対不可欠な存在ではない。不満分子を残しておくことでチーム内にも不協和音が広がりかねず、そのリスクを背負ってまでチームに残すほど、今のロナウドには価値がない。

 

彼にとって不幸だったのは、プレッシングをはじめとするインテンシティの高い戦術の広がりと彼の加齢のタイミングが重なってしまったことだ。ロナウドは細かいテクニックよりも卓越したアスリート能力を活かしたプレースタイルであり、本来的にはプレッシング戦術との相性は悪くない。しかし、30代半ばに差し掛かる中でハイインテンシティのサッカーが急速に広まったことで、彼は現代サッカーにおける居場所を失いつつある。

 

 レアルとユーヴェで「王」となったロナウド。依存度の高さはチーム戦術の退化を招いた。

 

ユナイテッドにいたころのロナウドは、サー・アレックス・ファーガソンの元でチームの一員であった。彼はファーガソンのお気に入りではあったが、あくまでも一人の選手として扱われており、守備をサボれば容赦なく叱責されたし、ときにはスタメン落ちすることもあった。

 

そののち、ロナウドはレアルマドリードへと移り、個人としてもクラブとしても得うるタイトルを総なめにし、チームの絶対的なエースとして君臨した。ロナウド退団後にベンゼマが大きく飛躍し、バロンドールを獲るまでに至ったのは偶然ではない。ロナウドへの「遠慮」がベンゼマの活躍を限定していたのは今となっては明らかだ。

 

その後、ロナウドはユヴェントスへと移るが、ここでも「王」として扱われた。国内では無敵だったがCLではビッグイヤーに手が届かなかったユヴェントスにとって、レアルで全てを手に入れたロナウドは特効薬になるはずだったが、過度なロナウド依存に陥ったチームは戦術的に大きく退化。気づけばセリエAでもインテルやミランに遅れをとるようになり、今季のCLではグループステージで敗退。戦術退化のツケを払っている。

 

 ベンゼマの進化とユーヴェの低迷。ロナウド退団後に加速したのは偶然ではない。

 

誤解を恐れずに言えば、ロナウドをチームの中核として受け入れることで、チーム戦術は退化する可能性が高い。彼の圧倒的な個の力こそがチームの肝になってしまうので、それ以外の要素は淘汰されていく。ベンゼマやディバラは脇役に徹することになり、ロナウド以外の10人の役割はゴール前のロナウドにボールを送り届けることに集約される。

 

ロナウドが全盛期のパフォーマンスだったときにはまだよかった。レアルが世界最強の座を欲しいままにしていた時代は、「ロナウドに任せておけば大丈夫」だったので、「戦術ロナウド」でも十分に勝つことができた。しかし、ロナウドも年を重ねてプレー強度が衰えてきている。ストイックな鍛錬により30代としては驚異的な身体能力を維持しているものの、シュート精度は徐々に下がっており、90分のフル出場に耐えうるスタミナももはやない。

 

 ロナウド獲得は劇薬。獲得に名乗りを上げうるメガクラブは見当たらない。

 

ロナウドが強い決意をもってユナイテッド復帰を決めたのは確かだろう。ファーガソン退任以降「パッとしない」ユナイテッドを彼が誰よりも憂いていたのは間違いない。その復権を牽引すべく復帰したものの、監督が志向する戦術とのミスマッチで活躍が限定的になり、不満が爆発した…というのが今回の経緯であろう。

 

彼は1月の移籍市場で新しいクラブを探すことになるだろう。彼はおそらくCLで上位を狙えるメガクラブを希望するのだろうが、それらのクラブに彼の居場所はおそらくない。ユヴェントスの直近の低迷とユナイテッドでの今回の一件を経て、欧州中のクラブはロナウド獲得の負の側面を強く認識したであろう。戦術の再構築を余儀なくされるうえにチーム内のバランス・秩序を大きく崩しうる彼を、それも1月というシーズン中にやろうと思うメガクラブは見当たらない。

 

 最も幸せなのは、アメリカでスーパースターになることでは?

 

ロナウドの選択肢はおそらく2つだ。「欧州主要リーグの中位~下位のクラブでエースとして君臨する」もしくは「中東やMLS(アメリカ)でチームよりも大きな存在として崇められる」という二択だ。いちおう、「欧州の上位クラブでチームの一員として貢献する」という可能性もあるが、今回の一件をふまえるとその可能性は極めて低い。

 

個人的には、アメリカで悠々自適に「スーパースター」として振る舞うのがお似合いにも思えるが、リーグ自体のレベルの違いがストイックな彼にとっては受け入れがたいかもしれない。そうなった場合、彼に残されているのは「欧州復帰」ではなく「引退」の2文字であろう。歴史に名を残す選手の最期としてはあまりに寂しいが。