オヘア国際空港
20年前の今頃、私が初めて降り立った海外の地は、ここシカゴでした。
中東では湾岸戦争が行われていましたが、私は友達と卒業旅行と称して大学を休み、23日にわたるアメリカ旅行に行ったのでした。
学生のくせに親に多額の借金をして旅行を計画しましたが、今考えると、よく親もOKしてくれたなと思います。
今更ながら感謝!!
当時の予算は60万円で、パスポートからチケット、スーツケースレンタル、旅行中のご飯からお土産まで、準備から旅行のすべてをこの予算で賄うという計画で、ほぼジャストで使い切った記憶があります。
お金はもちろん社会人になってから全額返済しました!!
ホテルは最初の2泊しか予約しておらず、ざっとした計画と飛行機、レンタカーの予約だけはしてありましたが、その他の交通や宿はろくに調べもしておらず、行き当たりばったりの珍道中でしたが、それもまた結構楽しかったです。
アメリカに着いて、最初のカルチャーショックがこの写真のトンネルでした。
ここは、シカゴのO’HARE国際空港のターミナル間をつなぐ通路です。
シカゴは日本からの便も多いので、この通路を通った事がある方も多いと思います。
当時はターミナル5がなかったので、日本から到着して国内線に乗り換えるときにこの通路を通りました。
成田空港は当時現在の第1ターミナルしかなく地味で普通の施設でしたが、アメリカに着いたら、公共の設備なのにこの派手なネオンのライティングで、文化の違いに心底驚きました。
また、成田空港は、滑走路1本でしたが、O’HARE空港は何本も滑走路があり、同時にあちこちに向かって飛行機が飛び立っていくのを見て、凄い国だなぁと感心したものです。
20年前の珍道中スタートの地、思い出の場所です。
写真は、アメリカ・イリノイ州シカゴ、オヘア国際空港のターミナル間連絡通路。2007年9月。

