線の細い彼は、俺の目を見てこう言ったのだった。
「結局、市は何もしてくれなかった」
そして、こう続けた。
「今から市長の自宅前に行き、自分に火をつけて自殺します。
私が死ぬことが、市の教訓になりますよ。
私みたいな人に手助けをしないと、これからも死人がたくさん出ます」
俺の我慢も限界だった。

俺は彼の目を見据えて言った。
「あなたね、それは脅迫ですよ」
彼は表情を変えずに、
「脅迫じゃないです。市が何もしてくれなかった結果です」
と言った。
俺は、自己責任感の感じられない萎びた表情の彼を、半ば睨みながら、
「人にナイフを突き付けるのも、自分にナイフを向けるのも、
自分の要求を通すためにするのなら、それはね、脅迫なんですよ」
と諭した。
しかし、彼には通じず、
「市が何もしてくれなかった結果です。脅迫ではありません」
と繰り返すばかり。
「それはね、脅迫ですよ。脅迫なんですよ。
あなたが何と言おうと、脅迫なんです。
それにね、市が何もしてくれないと言いますが、
私たちは午前中に二時間話し合って、あなたの今後を考えて、
あなたが望む暮らしに向けてどうしたら良いのかを探したんです。
その場に市の職員も二人いたんですよ。
そして、その結果が更生保護施設なんです」
そう強く言う俺に対して、彼はやはり同じ表情で、
「更生保護施設には行きたくありません。
市が何もしてくれなかったから、私は市長宅の前で焼死します。
そして、それが市の教訓になるんです」
そう言った。
俺はもう馬鹿の相手には疲れてきていたが、最後の気力を振り絞った。
「市の教訓ねぇ……。あなたみたいな人には関わらないという教訓にはなるかもしれません」
怒り出して暴れるかと思ったが、彼は淡々と荷物をまとめた。

結局、彼は退院した。
一応保健所の電話番号を書いたメモを渡したが、
彼はそれを俺たちの目の前で黙々と破り捨てた。
病院敷地内から彼が出て行ったのを確認して、俺は警察へ電話した。
市長宅前で焼身自殺すると言っている人が退院したから、
あとは警察のほうで対応して下さい、ということを伝えた。



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