ひどい話である。

刑務所とは更生を促す場所だと思っていたのだが、
この人の場合、独房に入ったきり、まったく生活訓練がなされなかった。
その状態で社会に放り出されてしまった彼が、
また刑務所に戻るしかないと考えるのも無理はない。

それでも、彼は思いとどまった。
単なる偶然なのか、亡くなった父の導きなのか。
とにかく、彼は刑務所ではなく社会で自立して生活しようと決心した。
そこで、彼は幻聴を訴えて警察署へ駆け込んだ。

まず、警察署に保健所職員が呼ばれた。
彼に『措置入院』という強制入院が必要かどうかを確かめるためだ。
結果として、彼は非常に落ち着いており、措置入院は不要と判断された。
保健所職員は、病院受診および今後の生活のために、
生活保護を受けるようアドバイスをした。

彼はそのアドバイスにしたがって、市役所の保護課を訪れた。
しかし、職員からは、
「住所不定の人には生活保護は出せない。まずは住所を定めるように」
と言われた。
彼には住所がない。
保健所職員が彼を哀れんで尽力し、数日間当院に入院し、
当院住所で申請書を出すという方法を考えた。

当院は、あくまでも病院である。
治療の必要がない人を入院させることなどできない。
彼は前科があるため救護施設には入れない。
保護カードがなく、更生保護施設にも行けない。
住所がないから生活保護も申請できない。
八方ふさがり。

結局、保健所職員が尽力し、「検診命令」という形で当院受診となった。

前科七犯の男がやって来る。
どんな人なのか、診察担当の俺は少し身構えた。

つづく



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