カナのこの頃
その後
カナは、まるで赤ちゃん返りのようになっています。
午前中はほとんど寝ているので大丈夫なんですが
午後になると、熟睡ではなくウトウト状態で
わたしが出かけて帰ると、鳴いているんです💦
ワンワン、キャンキャンではなく、
「うぉ〜ん、うぉ〜ん」と、ドアの前で悲しそうに😿
以前はそんなこと、なかったのですが…。
困ったものです。
今日はシャンプーの日。
シャンプーと爪切りはパパ担当です!
シャンプー後の爪切りでは、カナはウトウト♡
いい加減なブラッシングやカットは、わたし担当✌️
マメにブラッシングをしているわけではないのにトップを伸ばせるのは、コートの質がいいからだと実感しています♪
お手入れが大変そう、とよく言われるのですが、
わたしにとっては、ちょくちょく顔周りをカットするよりラクなんです😅
カナの近況です
前回のブログに、カナの近況をアップしていませんでした💦
カナはナリカと違って、あまり感情を出さない子です。
ナリカがカナにべったりだったのに対して、
カナはどこかそっけない態度でした。
でもやはり、外に出たときも、後ろを何度も振り返って確認しています。
そしてカナはパパっ子なのですが、
最近は後追いをすごくするようになりました。
仕事の日は、夜遅くしか帰ってこないとわかっていて、
お休みの日は家にいることをわかっていて、
お風呂とかで見えなくなると「おーん おーん」と鳴くようになりました。
食欲は相変わらずで、完食はできず、
3分の1ほどしか食べられない日もしょっちゅうあります。
抱き上げると、本当に軽いです。
もともと2キロちょっとの子で、調子がいいときは2.2キロあったこともありましたが、
今は2キロないと思います。
もう、好き嫌いにこだわらず、
食べてくれるものを探してあげています。
それからトリミングですが、
若くて健康だったら行かせていたと思うのですが、
ヘルニアがあるので腰への負担が大きく、やめました。
体はバリカンで整えていますが、
とても苦手で、うまく使いこなせていません😭
どうすればきれいにできるのかなぁ…。
今日の朝は寒くて、トイレ行った後
包まっていた
寝起きのカナさんです。
ナリカから気づき学ばせてもらったこと
病を持ったナリカと過ごす中で、たくさんのことに気づき、学びました。
いちばん大きな気づきは、
「人として見すぎていた」ということです。
13年間、次女のように一緒に暮らしてきたナリカ。
人のように感じるのは、とても自然なことでした。
でも、やっぱり違う。
ナリカは人間ではなく、動物なんです。
健康な子だったら、気づけなかったかもしれません。
重い病気を持っていたからこそ、何度も選択の場面があり、
そのたびに考えさせられました。
感情として、人のように想うことはいい。
でも、選択の場面では「動物として」考えないと、
それは人の自己満足になってしまうことがある——
そう気づきました。
たとえば延命治療。
人であれば、
痛い治療も、怖い思いも、「治すため」と理解できます。
でもナリカにとっては、
ただ「痛い」「怖い」「寂しい」という感覚でしかない。
そう思ったとき、
ただただ、その瞬間が穏やかであることが
いちばん大切だと感じました。
酸素室をレンタルしたことは、本当によかったと思っています。
苦しさをすぐに和らげてくれて、
ナリカも自分から入っていくほど、安心できる場所になっていました。
だから最後は、
あの肺水腫のような苦しみを見せることもなく、
眠るように旅立っていきました。
2020年に肺水腫と心臓肥大になってからは、
トリミングにも行かなくなりました。
もともとナリカは外出が好きな子ではなかったし、
ちょうどその頃、カナも通院していた時期で、
ふたりともやめることにしました。
カナはトリミング自体は平気そうでした。
むしろ、お姉さんのことが好きで、楽しんでいるようにも見えました。
でもあるとき、看護師さんに
「カナちゃん、がまんしてはりますね」
と言われて、ハッとしました。
楽しそうに見えても、
それは「がまん」だったのかもしれない。
そのとき、
“人の見え方”と“動物の感じ方”は違うんだと、
あらためて気づかされました。
今は、わたしができる範囲でお手入れをしています。
きれいに整えてあげられているわけではないけれど、
これでいいのかなぁ…と思いながら。
前髪を伸ばしているのも、
短くすると頻繁にカットが必要になってしまうからです。
わたしも、カナも、
無理をしないかたちで過ごしています。
そして今は、
この瞬間を、ただ愛おしく、
一緒に過ごしています。
※これはあくまで、わたしが感じたことです。
ナリカが旅立ってから、やっとカットした写真です。
カットがヘタすぎるんです💦







