あむろんの歩き方 -14ページ目
東京からは上越新幹線
なんと 食べたかったルマンドアイスがある
昼前のおやつに
Mちゃんが売店に買い出し
こんなところで出会えるなんて
思いが通じたのね

今日から いつものMちゃんツアー
今回は Eちゃんが仕事の都合で不参加
Mちゃん E子さん あむろんの
四十路女旅
あれっ
Mちゃんも 四十路でよかったのかな

名古屋で待ち合わせ
お疲れ気味のあむろんは
最寄りの駅から 迷わず特急を選択
二階建ビスターカーだ
ちょびっと うれしい

なんと Mちゃんに遭遇
同じ列車の同じ号車
E子さんは 急行で向かうはずだったのに
勘違いしてたため
あむろんが乗る駅から 特急に乗り換え
号車は違えど 結局3人とも一緒
さてさて 今旅は
どんなハプニングが待ってるのやら
仕事を忘れて楽しむぞー

なかなか届かないなと思っていたら
きたー
昨年末に寄付した
沖縄県 今帰仁村
マンゴー3個
冷蔵庫で冷やしていただく
うまぁー
毎日 食べたいわ
弥山から降りて来て
定番なら 厳島神社参拝
しかし 宮島4回目のあむろんとしては
行かなくてもいいや
M-は 参拝したことないけど
行きたいとは言わないため
景色だけ
神社まで海水が満ちて来た
やっぱり 海に浮かんでいる姿が
いい感じ
土産物通りは 人がいっぱい
お祭りのよう
食べたかった
揚げもみまん
皮がパリパリして おいしいな
あんことクリーム
どっちもおいしい
どでかい しゃもじを見て
宮島とはお別れ
フェリー JRを乗り継ぎ
広島駅で 遅めの昼食
3軒目の広島焼きは
駅構内でと 決めていたけど
人気店は 長蛇の列
新幹線の時刻を気にしなくてもよいように
すぐに入れる数軒隣のお店へ
おいしいけど
ちょっと雑
生地が偏っていたり
麺が思いっきり はみだしていたり
もちっと ビジュアルを気にして欲しいな
夕飯用に 穴子寿司を買って
新幹線に
2泊3日の広島旅
広島焼きの目的を達成でき
人と触れ合い
平和について考える時間を持てた
また 数年後に行きたいな
今日は 長崎原爆の日
11時2分
職場で全員黙祷
平和が続きますように
ロープーウェイを降りたところで
イオン飲料を買い
熱中症予防
M-は歩かないと言っていたが
ロープーウェイのお兄さんに
弥山本堂までの道のりは
アップダウンがきついか 尋ねたところ
そうでもないと聞き
本堂までは 一緒に行くこととなった
お兄さんの嘘つき

結構 アップダウンあるじゃん
暑さもあり 本堂に着いた頃には
汗びっしょり

M-は ここで休憩
あむろん 一人で 最後まで登る
文殊堂
くぐり岩
やったー 頂上

展望台から
歩き始めた所が
景色の感動は薄く
大量の汗をかいて登った達成感のみ
M-が休憩している
弥山本堂の向かいの霊火堂
弘法大師の頃から消えない火があり
その火で沸かした湯を飲むと
万病に効くのだとか
もちろん飲む
記念撮影も
行きも帰りも ほとんど待ち時間なく
スイスイとロープーウェイも乗り継げたが
すれ違いに 今から 上へ向かう人の多いこと
しかも 外国の人が多い
最後のバスの中
運転手さん曰く
ゴールデンウィークは
ロープーウェイの整理券を配って
登れない人も いたのだとか
あなどるなかれ
弥山
大人気観光地だったんだな
最終日は
広島駅のコインロッカーに荷物を預け
宮島へと向かう
9時10分のフェリーを待つ間
もみまんソフトを購入
しゃもじのクッキーもついてて
こりゃ なかなかいける
もう1回たべたいなぁ
フェリーの会社は2つあり
どちらも1時間に何本も出ているのに
大勢のお客さんが 乗り込む
宮島へ行く人って 1日何人なんだ?
ってくらい 人 人 人
鳥居の近くを通るということで
JRフェリーを選択
今回は こちらは目的ではない
宮島も初めて
あむろんは 宮島へは なんと4回目
いつも 厳島神社を参拝し
鳥居を間近に見ていた
今回は登ったことがない弥山へ
ロープーウエイを乗り継ぎ
終点駅へ
天気はすこぶるよいのに
もやっていて 景色は残念
さあ 往復1時間の山登り
どこまで 行けるかな
今日は原爆の日
毎年 広島の式典を
意識して見ることはなかったが
今年は違う
テレビを見ながら
8時15分に黙祷
ボランティアガイドさんにお願いして
よかった
そして 資料館に入る前
かき氷を食べるために
相席していただいた
女性との出会いもよかった
観光客だと思っていたら
県外からお越しですか?と
話しかけてくれた
当時2歳だった遺族の方
広島で生まれたのではなく
8月5日にお父さんが転勤となり
翌6日に家族が住む家を準備していたら
原爆が投下され
お父さんは 新職場である
広島逓信局へ向かったらしいのです
被爆3年後に亡くなられた
直接 遺族の方のお話を
聞かせていただくという
貴重な体験のおかげで
今までにない気持ちで
式典を見た
平和な日が
いつまでも続くことを祈ります
平和記念公園の資料館前で
ボランティアさんとお別れ
資料館も見たいけど
ちょうど12時
お腹もすいているので
先にお昼をすることに
本通りで見つけたお店
若貴
M-は いろんな具が入った
スペシャルをうどんで
うどんは きれいにおさまらないのかな
随分はみ出している
あむろんは 肉、たまごのレギュラー
そば半玉で
見た目が雑だけど
おいしさには
あんまり差がないかな
ごちそうさま
広島城をでて 日本酒アイスで一休み
ほんのり香るだけだから
お酒に弱くても 大丈夫
平和公園まで 徒歩移動
公園内をガイドしてもらうため
あらかじめ予約をした
ボランティアガイドさんと落ち合う
高齢の方を予想していたら
あらら 40歳代くらいの女性だ
まずは 原爆死没者慰霊碑
ちょうど 地元小学生が何やらしており
真正面から見ることはできなかった
真正面から見ると
平和の灯と原爆ドームが見えるらしい
石碑の中には
被爆で亡くなられた方の名簿が
納められている
慰霊碑の周りに水が張り巡らされているのは
当時 火傷をした人に水を飲ますと
死んでしまうと考えられていたため
水を飲ませてあげられなかったから
平和の灯は
手首を合わせ 手の平を上に開いている形で
火は核が地球から無くなるまで
燃やし続ける

原爆の子の像
被爆後 元気だったのに
数年後 白血病になり
鶴を1000羽折れば治ると願い
折り続け 1000羽を超えたけど
治らず亡くなった禎子さん
同級生が募金活動をして
像が設立された
折り鶴を納めに来ている
リサイクルされて
資料館入館時にもらえるハガキや
市役所で使われる再生紙になる
韓国人原爆犠牲者慰霊碑
原爆供養塔には
あちこちに埋められていた遺骨が
納められている
工事で掘り起こしたら
大量の遺骨が見つかったなどが
記されている
国境線のない世界地図の模様がついている
平和の鐘
周りには きれいなピンクのハスの花
世界遺産の原爆ドーム
広島の物産品を販売していた
広島物産陳列館というらしい
チェコの方がデザインした
オシャレな建物だったよう
動員学徒慰霊塔の女神様は
顔は仏教
翼はキリスト教
ベルトは神道を表しており
塔の周りのレリーフには
その当時の作業の様子が描かれている
公園は広島市が造ったものだけど
唯一 国が造った
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館
原爆投下の8時15分を
かたどっているモニュメント
時計の角度のまま
上空600メートル地点が爆心地だそう
爆心地は島病院
院長先生は出張診療で助かったらしく
ボランティアさんは
島先生からお話を聞いたことがあるらしい
入口は地下だから
案内されなかったら
素通りしちゃう
時計回りと反対回りに回廊を降りるのは
時間を遡るため
亡くなった方の名前や写真
島病院から見える
被爆後の風景
中央には 8時15分の時計と水
最後は アオギリという木
逓信局の中庭にあり
被曝したのに 生きていた
逓信局の職員だった
沼田鈴子さんは
脚を切断し 車椅子で語り部として
アオギリのそばでお話をされていたらしい
暑い中だったけど
あっというまの90分
あのM-が ボランティアさんに
平和について考えてみようと思うなんて
感想を述べていた
平和公園って
いろいろな想いが込められており
それぞれ意味があるんだなーと実感
朝ごはんの後
広島城へ
開城まで 時間があるため
手前の 護国神社へ
とってもきれい
鯉をなでて お願い事
広島城って 鯉城と呼ばれてる
M- だから広島はカープか
あむろん えっ どういうこと?
M- 鯉は英語でカープ
あむろん えっ そうなん!
カープって 鯉かー
知らなんだ
お城の中は 資料館って感じ
およよ いいもんあるね
もちろん試着
あむろんが着ると 迫力ないねー
でも こういうのは大好きだから
満足 満足

