あしたのために
今日は、男のバイブルとして名高い、
「あしたのジョー」。
小学生から高校生までの間に、
約600冊マンガを集めたんですが、
持ってきたのは、
前述の「バナナ・フィッシュ」と、
この「あしたのジョー」。
自分が紹介するのはおこがましいが、
それでもなお、
紹介せずにはいられない、
「あしたのジョー」。
正直、
ボクシングそのものの漫画としては、
けっこう「SFちっく」なところがあるんです。
特にハリマオ戦あたり、
あまりに「奇想天外な技」が多すぎて、
( ゚д゚)ポカーン・・・
となってしまうこともあります。
ならば何故、
明日のジョーにそこまで魅力を感じるのか?
明日のジョーの魅力はたくさんありますが、
一つに、
ジョーに内在された「強さ」と「弱さ」に、
自分を重ねて見てしまうからでは、
ないかなと思います。
ジョーはおおよそヒーローと呼ばれる者とは、
はかけ離れた、人間臭さがあるんです。
確かに、
努力も死ぬほどするし、
ボクサーとしての素質や才能はあるように見える。
が、
腹が立てば怒鳴り散らし、
トラウマで人の顔を殴れなくなり、
減量で死ぬほど苦しみ、
強大な大戦相手を前に、「俺は勝てるのか?」と自問自答する。
つまり、
精神面は、
おおよそ普通の人間が抱えるような悩みに、
直にぶち当たり、
苦しみ、
のたうちまわる。
普通の人間なんていないんでしょうが、
とにかくヒーローらしくないくらい、
のたうちまわる。
そこに、ジョーを通して自分自身の弱さも、
一緒に見てしまうのです。
しかしながらジョーは、
落ちるとこまで落ちても、
汗だくになりながら、
時に、
泥をかきわけるように、
また時には、
汚水だらけの下水道をはいつくばりながら歩むように、
突き進む・・・
例え破滅が待っていようとも、
何があっても俺は行くのだ・・・と、
ジョーは、
言葉少なに、訴えてきます。
スマートに行きたい人も、
泥臭く行きたい人も、
適当に行きたい人も、
みなが、
「本当は、俺だって、ジョーのように進む力を持っているのだ・・・」と、
思いたいんじゃないでしょうか?
ただ、
現実は厳しい・・・
少なくとも、僕には厳しい。
打ちのめされ、
へこたれ、
時には泣き言を言い出す。
ボケーっと無気力な時もあります。
そんな時、
ジョーの「強さ」に、
完膚なきまでに叩きのめされ、
「嗚呼・・・また俺はジョーには届かなかった・・・」と、
思ってしまうのです。
そして多分、一生届かないんです。
(マンガだし・・・と、少しシニカルに思う)
ジョーのそんな強さを象徴するのは、
愛すべき、脇役たちによってももたらされます。
例えば、
乾物屋の紀ちゃん(ジョーが当初バイトしていた先の娘)。
彼女は、ジョーのことがとても好き。
しかし、あるシーンで「わたしついていけそうもない・・・」と言い残し、
走りさる。
「きっと本当は、ジョーだって紀ちゃんのこと好きなはずさ」と、
言葉をかけずには、いられません。
また、
同僚のボクサー、マンモス西。
減量に耐え切れず、隠れてうどんを食いにいく。
ジョーはそれを見つけて大激怒し殴りたおし、
マンモス西は鼻からうどんを出しながら、
自分を恥じて泣き崩れます。
「西よ、俺だって最近腹筋してねーぜ・・・」と、
言葉をかけずには、いられません。
とまー、
ジョーの内に自らを投影しつつ、
自分の内面に語りかけさせる要素が、
「あしたのジョー」の数多い魅力の中の一つであると、
僕は思っているのです。
意外と話が長くなってしまいました。
今日はこのあたりで。
皆様、良い週末を。
田N