黄桜プレゼンツ・「空白の1日」theファイナル♪ | アムライズのブログ

黄桜プレゼンツ・「空白の1日」theファイナル♪

みなさん本日もおつかれさまです。



  秋風五丈原!  

(あきかぜごじょうげん)



意味や由来はよく覚えておりませんが…

五丈原とは、かの有名な三国志の大軍師、「諸葛孔明」さんが戦いの最中

に病没した地名です。



宿命のライバルの命運が尽きたことを星(流れ星)が落ちることで知った

司馬懿さんという魏のこれまた大軍師が嘆いたことを、誰かが詠んだ詩の

一部ではないかと…



脱線しますが…この時代の国の大事を司る方々は、異常に「星」を見て吉兆や

身内・相手の行動を予知しようとしております。



ホント横山光輝先生の漫画シリーズなど読んでると…

どんだけ~…ってくらいです。



ま~前置きが長くなりましたが、板橋では30傑に数えられるであろう

「三国志ラー」の私としては、今日のように涼しさを通り過ぎて肌寒さを

感じながら17:00には暮れゆく西の夕空をみると…



つい…冒頭のセリフをつぶやいてみたくなったのです。



三国志後半を盛り上げたこの「2人」のライバル関係にピリオドが打たれる

この時点が、相当なマニアを除いて、大抵の三国志ファンも物語への興味

が一気に低下していくターニングポイントでもあります。



でも考えてみると

ライバル関係という、この図式は万国共通で傍観する側からすると、その対決に

エキサイティングさせられる要素の強いファクターなのではないでしょうか…



でも…当事者同士は必ずしも…と思われたのが



最近話題になっている黄桜の「あの」CMです。



これまでに見たことが無いほど固く強張った表情で細身の男性を迎える

江川卓さん。

その細身の相手こそ、苦難の時代を乗り越えた

阪神ファンだからこそ鳥肌が立つほど懐かしい往年の名投手

小林繁さんであります。



「和解の乾杯」と銘うたれたこのCMですが…



ことの起こりは

28年前(29年前)の1978年当時、「江川選手の入団」を巡ってこの2人は

関係者達の思惑に振り回されます。



江川選手欲しさに、巨人がとった手段はドラフト前日(1日前)にどことも交渉権が

無い状態の(前々日まで前年に指名したクラウンが交渉権を保有している)

まさに「法の網目」をかいくぐり、ドラフトを待たずして獲得を

宣言してしまいます。



これが有名な「空白の1日」事件でありますが…



モチロンこんなことを認めてしまったら、以降ドラフトの意味が無くなって

しまうことに周囲の球団や野球機構側は大反発しましたが、巨人側もドラフトを

辞退するなど硬直化していく一方で当日、堂々と阪神が指名権を得てしまいます。



事態の打開をはかるために関係者間で妥協された「ウルトラC」が、江川投手を

ドラフトの結果どおり一度阪神に入団したことにさせ、日を置かず、すぐに巨人

の代替選手と電撃トレードをするという巨人・阪神双方のエゴむき出しのムチャ

クチャなバーター取引という結論でした。



そして、その人身御供に選ばれたのが当時、巨人でエース級の活躍

(1976・77は2年連続で18勝を挙げている)をしていた小林投手でした。



事態を招いた理由は全く違いますが…

現在の亀田家に劣らぬほど、当時の江川さんを取り巻く環境は激しく厳しいもので

1人の人間が…「どんだけ~」とばかりにバッシングの集中砲火を浴びていました。



もちろん、今振り返れば(当時、私は6歳ですね♪)これだけの「絵」(画策)を

当時の江川さんが描けたはずも無く、むしろ周囲の大人の思惑に振り回された

結果、被害者であったことは明らかです。



そのことに当時から正義感に突き動かされたのか、私の姉は

「大の江川ファン」でした。

それが影響してか、子供の頃の私は意味も無く、笑い顔の少ない小林さんを

阪神ファンながらもニヒルで冷たくイヤな奴扱いをして「悪役・外様」的な目

で見ていた記憶があります。



歳を重ねて事実が理解できるようになって、この人も正真正銘の被害者

だと気付いた時は本人に伝わるはずは無いのですが…

非常に申し訳ない気持ちになった記憶があります。



ちなみに

小林さんはこの移籍した年に22勝で最多勝・沢村賞を獲り、

巨人に対しては「8勝0敗」という鬼気迫る活躍をしております。



まさに男の意地です!



かたや江川さんも翌、入団2年目ではやくも最多勝・奪三振王を獲得するなど

「怪物」の名にふさわしい活躍をしはじめます。



そして、2人はともに、阪神・巨人のエースとして一時代を築いていくのです。



しかしその後、2人とも30代前半の早い段階で惜しまれつつ、現役を去っています。

偶然にも2人とも最後の年は「13勝」しています。

いまであれば、最多勝を争うほどまだまだ立派な成績ですが…



こちらも2人とも晩年は肩や肘(ひじ)のケガに悩まされていたようで…

エースの…そして…投手のプライドとして「自分のボール」が投げられなくなったら

終わりだと決めていたような会話が2人に共通していました。







ここで、冒頭の2人の再会シーンに戻りますが、スポーツニュースで、このCMの

メイキングを観た後輩から伝え聞いたのですが…撮影は、テイクを何回も重ねた

ものでは無く、先にスタジオ入りした江川さんと、遅れてあらわれた小林さんが

正真正銘初めて顔を合わせた瞬間こそがあのCMの冒頭のシーンだそうです。



以後1時間以上スポンサーのお酒を飲みながら会話する中から抽出したシーンを

使っているのだそうですが(その後私もyou tubeで観ましたが…)



しきりにリラックスするように促す小林さんに対して、江川さんは最後まで

あの巨体を小さく屈めて恐縮しきりでした。



引退会見でも「小林さんには大変ご迷惑をおかけしました。一度会って、

謝罪をしたい気持ちです」と述べたように…

本当に謝罪したい気持ちを持ちながら、現役生活約10年・キャスター生活約20年

を過ごしてきたことがこちらにも強く伝わってくる態度でした。



そして、この対談のクライマックスで…

小林さんが…

「今日のこの(CM収録の)機会をいただいたことで、残りの人生が少し変わった

ものになるんじゃないかな…でも…今日和んだこの関係だけど…結局このことは

2人とも一生引きずっていくものではあると思う…君もしんどかったろ~…オレもしんどかったけど…今までおつかれさん!」



と語りました。



この瞬間、

終始固かった江川さんの表情の中で、これまでに無いものが込み上げてきた

様子がうかがえ、私も胸が熱くなりました。



時代に翻弄され続けたお二人のドラマに触れ…



いつもライバル関係の2人にボクシングのレフリーばりに「ファイッ(ト)!」(戦え!)

とばかり煽っていた単純野次馬ファンである己の姿勢に心底愛想が尽き、猛省を促した

くなりました。



深まる秋に、心温まるシーンを見せていただきました。



黄桜グッジョブ♪



それではまた



福住



アムライズHP

http://www.amurais.com