仕事終わり病院行って来ました。
10分も待たないですぐ呼ばれました。


内診台へ

今日は女医さんでした。
カルテみてるから、もちろんわかっているんだろうけど。

やっぱり心拍は動いてないですねって

覚悟はしていたので、やっぱりかっと。

診察室の方へ

赤ちゃんの結果の話はされず、それより子宮の中に気になるかげがあるっとのことで。

絨毛膜下血色?の疑いがあるとのこと。
ホルモンの数値が週数どおりなら問題ないけど、それよりも異常値だったりすると血の塊ができたりするから、流産の処置と共にそっちの処置もやるようだと。
血液検査の結果次第では、紹介状書くので別の病院に行ってもらうことになるかもしれないっと話されました。
ここに来て、自分自身の問題があるとは思わなかったですね。
心ここに在らずだったので、そうか…。程度にきいてました。


とりあえず、流産したことには変わりないので
数値の結果次第で今後の計画をしようとのことになり、月曜日の朝一番の受診になりました。
仕事だったので、上司に連絡して休みをもらいました。


待合室で待ってる間、我慢してた涙が溢れ出て来てしまい。看護師さんにこっちにおいでって声かけてもらいすみっこの席でシクシクと泣いてました。

母と妹にも連絡。
母の言葉はいつだって、心の支えになるというか。生きてきた時間が違うだけに欲しい言葉をくれましたね。
それでまた泣き。
会計終わって、旦那に電話してまた泣き。




産んであげられなかった。会いたかった。
抱っこしてあげたかった。上の子たちと一緒にお世話したかった。



いろんな思いが溢れて出てきて、うまくまとめられないや。
妊娠出産育児って簡単なことじゃないし、辛いことも苦しいこと痛いこともたくさんあるの知ってるからこそ、それが叶わないっていう事実を受け止められないなって。

こんなに泣いたのは、ババが死んだ時いらないかな。11歳の夏。またしても同じ夏だな。因果かな。
やっぱりいくつになっても、大事な人の死っていうものは受け入れたくないもんですよね。





下の娘が、なぜかハム太郎ってお腹の赤ちゃんを呼んでいたので胎児ネームはハム太郎なんですけど。





ちょっとスピリチュアルな話になっちゃうかもですけど、流産した子がこの世に宿った意味ってなんだろうって話。それなりの使命を持ってお母さんのお腹の中に来てくれるって。


それを考えた時に、思い浮かぶことがあって。
今回の妊娠って、やっぱり私の願望が強い中での妊娠に至ったわけなんですけど。



それじゃいけないよ。
ってことを伝えたかったのかなって。


そもそも一人では子供を授かることは出来ない。
行為があればそれはそうだけど、肝心の心の部分。
お互いが納得いくまでの話合いを正々堂々としたかな。腹割って話を出し切れたかな。

って思うと、やはりそこまで出来ていなかったよね。
シリンジ法っていう小細工をしてでも、妊娠したかった。そうじゃないと私の話聞いてくれない。
そう思ったからこその強行手段だった訳です。




結果論でしかないけど、この考えが1番納得いくんだよね。



優しい旦那が大好き。
もちろんこれからもずっと支え合って生きていく。
素敵な旦那の心配をよそに、そういうことはしちゃダメだよって。
お互い納得いくまで話し合いしてねって、ハム太郎に言われてるような気がしてならないです。


少しだけ、先の話をしました。
ハム太郎の使命の話をしました。

今すぐには、難しいけどそれも含めてしっかり話し合おうって言ってくれました。

前回の記事の方にも書いたけど、妊活を直ぐに再開しようとは思ってないけど、やっぱり赤ちゃん欲しいって思える日がくるのであればそうしたいとは思う。


心情整理兼ねてます。
いつか読み返した時に、そうだった。って思えるように。


 最後まで読み進めてくれて、ありがとうございます。