お疲れ様です。
毎朝アラームよりも正確な尿意で4時半には起きる。丁寧に暮らしているわけやなく、1度起きるともう寝れないババァ病だからである。丁寧な方だと白湯に有機レモンなど浮かべて飲むのだろうが、白湯はどうも好きやない。
血糖値等を警戒しなければならない場合は、食後がいいと思うけど、毎朝1発目にこれを淹れ、芳醇なフルーツのええ香りでキメている。できれば甘くない方がいいけど、これだけで満足感があるから甘い物がいらない。朝からおやつを食べるよりはええかと、甘やかしている次第。
何度も飲むのは罪悪感があるから朝だけにしているが、甘くないのも販売してほしい。他社にも似たものがあるけれど、このシリーズがお気に入り
桃好きなので、やはりこれもピーチティーが1番好き。誰からも話しかけられずに茶をすする時間って大切や夜明け前とて。
ええ加減度たるや啄木級
朝っぱらから夥しいLINEがきていて、爆睡している間にグループLINEが盛り上がっていたのだろうか?と開いたところ、いきなり「給水停止執行通知書」が添付されており、あいつ、またかと折り返した。
電気、ガスに比べて半年程猶予を下さる気ぃ長い水道局に、「停止執行」されるとは、どこまでええ加減やねんと憤るのだが、そんな方の担当を12年もしている自分が情けなくなった
「止められて生活に支障をきたすものは、ギリギリまで止めない。水道水を飲んで命を繋いでいるような方もいるわけで、そんな方が飢壊死してはならんから、水道代未納でも止めない。給水停止など脅しにすぎん。」
というようなふざけた考えでいたため、7泊もタイへ行き帰宅後に水道がでなくても、断水だと思ったらしい。
エントランスの告知板をわざわざ確認に行くも、そんな知らせがあるわけもなく・・・。そこでやっと停止されたのではと過った偽啄木(仮名)
トイレは流せないし、顔も洗えないとか、水道が停止されて困る事例をいつまでもいうている。知るか、ぼけ思いながら、出社前に自宅へ寄り、支払いを済ませた。
光熱費が支払えない程安月給でもなく、無職でもない、なのにわりと色んなものを未納にしがち。何回言っても面倒くさがって、自動引き落としにしない。未納でも停止されないものに、せっせと支払うことはないだろうと思っていたなんて、信じられへんきっと、あんな方は他にも大勢みえるのかもしれないけれど、赤の他人になりたい
金欠になる人には、ざっくり2つのタイプがあるように思う。
A 本人は悪くないのに金欠な人
B 本人が悪いから金欠な人
Aの方々というのは、真面目に勤務しているのに運が悪かったり、身体が弱かったりして思うように勤務できない。文学者でいうと、樋口一葉とかそのような感じだったのではと思われる。
※あくまで推測なので、草葉の陰からご本人に怒られませんように。
偽啄木は、1ミリの議論の余地なく後者である。締切厳守で真面目に働き、それなりに2度目の独身生活を謳歌されればよいものを、生粋の怠け癖と旅浪費のせいで、否応なく金欠を強いられている。
12年も担当していると、ぼやきたくもなるし、ガタガタ言いたくもなるわけで・・・。そうなると決まって語りだすことがあり、これが仮名の理由である。
「俺なんかがいうのは、おこがましいが、そもそも文学者なんて同じようなタイプの人ばかりじゃないか」
と、おこがましさなど、微塵も感じさせることなく
たとえば、石川啄木。
「働けど 働けどなほわがくらし楽にならざり ぢつと手を見る」
などという、世にも貧乏くさい歌を詠み有名になった方であるが、相当に怠け者で浪費家であったらしい。※参考文献:関川夏央・原作 谷口ジロー「かの空に」
啄木が、Bタイプ金欠民であったとは、担当になるまで知らなかった。小学生の頃に「ぢつと手を見る」歌を習った際などには、「あぁ、この人は不遇な環境にも折れず、文学の道を貫いた立派な人なんだな」などど、素朴に尊敬したものだった。
ところが現実の啄木は、その夢想癖のため仕事中はふわふわしており、給与は、一瞬で使い果たし、浮気三昧で借金は踏み倒す・・・あぁクズ火事をみては興奮し手を叩いていたとかサイコ短歌と肖像画の繊細なイメージと程遠すぎて、勝手に結婚詐欺にあったような脱力感に腰くだけしてしまった。じっと手をみてる暇があったら真面目に働けよと。
それ以来、作品を目にするたび、心の中でぼやかずにはいられないのである。
『東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる』
蟹と遊んでいる場合か働けクズ
『ふるさとの訛りなつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく』
停車場に岩手弁など聞きに行っておる場合か働けクズ
『たはむれに母を背負ひて そのあまり軽さに泣きて 三歩あゆまず』
三歩て体力なさすぎちゃうのせやけど、母には優しかったのかと思いかける。
が、しかし「母に饅頭が食べたいとこさえさせておいて、出来上がった頃には、待ち時間が長くて気分じゃなくなったと、母にその饅頭をぶつけた。」という我儘エピソードに思い留まる。
更に、「母を背負ったことなど一度もない、あの短歌は嘘だ」と、妹さんが語ってみえる。繊細な心情を嘘で詠んでいたなんて、さすが文学者だ・・・とうっかりクズさを忘れそうになる。
話が、かなりそれましたが
「このように文学者というのは、いい加減な面が多い。文学者様にまでなり切れていない自分が、そんなに輪をかけてええ加減なのも仕方がないことなんだ。」
ということらしい。であるから、小者のすることは放っておいてくれ、ということなのだが、放っておきたいのは山々やけど、できんやん
比較対象が、石川啄木という身の程知らずさが、なんか面白くて好きである。水道から普通に水がでることの喜びを忘れず、締切厳守で頑張っていただきたい、という話を終わります
可愛げに遭遇
参加必須めいた送別会に遅れて参戦し、とりあえず苺を食べようと苺山の前に立った。すると、昨年研修を担当した男性が、ぼろろん♪とピアノ前へいき、弾きだした。🍓様、選り取り見取りなのに、手を止めてしまった。普段は、ピアノなんて弾きそうにない感じの彼が、とても美しい音色で大好きな曲を奏でたからだ。
曲からマイナスイオンでもでているのか、雨続きの憂鬱さもどっかいくし、何度聴いても癒される。
自称人見知りなので、グラスワインを一杯ひっかけて、弾き終わったばかりで、まだピアノ前にいた彼に話しかけた。
「美しい演奏と歌だったわ、凄いね。」と、薄く推しにでも話しかけるような加減で感激を伝えた。「小さい頃から習っていたのですか?」と問うと、これがほんまのハニカミなん顔をしながら、「いいえ。」というた。その理由というか、可愛げに高まった
「高校の時、凄く好きな子がいたんですけど、その子がピアノを習っていて、大学もそちらの専攻を目指すくらい本格的に。
少しでもその子に近付きたくて、大学に入ってバイト代でレッスンに通ったんです。」
感激、驚き、更に深まるピアノいうのは、数年のレッスンであんなに美しく奏でられるものなのか。バイエル106番まで3年半位かかった劣等生だった私と雲泥の差過ぎるんだが好きな子のためにピアノを習うなんて、普段の天真爛漫振りから意外過ぎて驚いた。
その子とどうなったのか、酒の席なので下世話に問うた。高校卒業後は1度も会っていないと、更に、ほんまのハニカミなん顔をして、凄く優しく笑ったのを見逃さなかったそして、年甲斐もなくキュンとした。
おそらく彼は、「好きな子に近付きたくて」という当初のきっかけそっちのけで、ピアノに沼りこんだのだろう。そして夢中でレッスンに励んだ。「ただモテたい」という野望からだったのに、音楽にのめり込みメジャーデビューを遂げた数多のバンドマンと似た感じで、「男やなぁ」と思った。
彼がピアノを奏でるとき、そこはかとなくクリーンに音楽の世界を漂っているのだろう。ほとんどの瞬間、彼は好きだった子のことを忘れて奏でる。せやけど、ふとした瞬間、彼の心にはその子が過るはず。恋とピアノの楽しさを教えてくれた、大切な想い出として
そんなロマンティックな一面を隠し持つ人って素敵やな思う。結局は自分のしたいことに夢中になって、恋など二の次になってしまいがちやけれど、「夢中になれることを教えてくれた人」はいつまでも忘れない。
恋に夢中になる男よりも、恋をきっかけに自分の世界を見つけて飛翔する男の方が魅力的に感じる。そこには自由のにおいがあるから。さすがに、こんなことまで伝えても気持ち悪がられそうやから、ブログにしてみた話を終わります。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。ほなまた、いつかまで