昨日は久しぶりに予定が入ってない日曜日でした


朝から大ちゃんのブログ見たら
その日自然に自分の手が伸びることが
一番やりたいこと



と書かれているのを見て



本当はやらなくちゃいけないとか
やった方がいいと思っている事は
あるんだけど



もしかしたらそれに手が伸びないのは
タイミングではないからかも
という言葉にも頷けたので



起きてからどんな1日になるのか
じっくり観察しようと
思って、まず朝御飯をゆっくり食べました



食べながら、とりあえず掃除しようと
思ったので、掃除を始めたら
せっかくなので、床も拭こうと思い
拭き初めると


やろうと思っていた食品庫の掃除が
したくなり
思いきって断捨離を


これからは買う時考えようと思うぐらい
申し訳ない気持ちになったり
お宝が見つかったりしました



あまりにも~な感じだったので
写真はやめときました(笑)



しばらく発掘した物達を
食したいと思います(笑)



昨日のブログに


たぬき祭りの狸のネーミングが面白い
皆さんでつけるんですか??


というコメントをいただきました


これは昔からの言い伝えなので
名前は昔の人が付けたのだと思うんですけど
私が住んでいるところは狸と妖怪伝説が
言い伝えられていて
こなきじじい発祥の地でもありますキョロキョロ



確かにたくさんの狸がいます
そして地元の人が夜な夜な集まり
(平均年齢70ぐらい!)



被り物や、着物を作っています



器用な人、絵が得意な人、縫製が得意な人
三人よれば文殊の知恵と言いますが



その共同作業は圧巻です(笑)


すべて手作りです
 


私もコメントをもらって気になったので
何故こんなにユニークな狸達が生まれたのか
調べてみました


1つはこの地が山深く、人間が生活するには厳しい環境で、昔は今のように交通整備も整ってなかったので、暗くなれば道に迷ったり、山から落ちて命の危険があった為、子供には狸を利用して出歩かないようにさせたり、何か事故があっても狸のせいにして本人を責めなかった


2つ目は日常にはない不可解なこと、忌避すべき事が発生したら、それも狸のせいにして、いつまでも恐怖心や疑心暗鬼で悩むのをやめる必要があったから


例えば亭主がどこかの美女にだまされても
狸に化かされたんだと言って笑って許す


何故なら一人では決して生きていけない、生活できない土地での共同作業には、例え間違いを犯してしまった人でも不可欠な一員だったから


家族と地域共同体維持の文化から狸伝説は
生まれたようです

そして、娯楽がなかった時代に山に住む者の
厳しい暮らしの中の夢や願望が育んだものだったのだと
(たぬき話本より参考)


昔は、今より不便だし 
仕事だって自由ではないし
皆で力を合わせ、助け合って
生きていくことが
あたりまえだったんですよね
(とくに田舎では)


今は何をするにも便利で
もっと自由で、日本は安全で
昔に比べたら恵まれているのに


どんどん生きづらい世の中に
なっているような気がします


今の時代、怖いのは狸ではなく人間ですガーン


何か都合が悪くなっても
周りの人のせいにしたり
人間同士の争いは酷くなる一方



この地にまつわる狸伝説は
この地で暮らす住人を守るため
優しさ、思いやりから生まれたのだなぁ
と思いました



悪者になってくれた狸さん
ありがとう


これからの時代、一人一人のあり方が
益々問われる時代ではないかなと
思いました


そんな事に想いを馳せ
自分のやりたい事をやりきった
なかなか有意義な1日となりました照れ



今日もやりたい事やりましょう!


読んでいただきありがとうございました


Chika