​11.02 トラウマと子育て


嘔吐恐怖症の子育て


何より恐怖なのは、子ども達の風邪でした


何のタイミングで吐かれるか分からない


とにかく、徹底的に感染対策

熱とかなら、なんてことない


けど、何がそれに繋がるか分からない恐怖


今考えるだけで、本当にひどい母だったと思う


何かにつけてウェットティッシュで拭いたり、お店でもベタベタ触らないようにさせたり


カートに乗せることも嫌だったので

ひたすら抱っこしながら買い物


どこかのサービスに頼ることもできなかった

とにかく自分で感染対策しないと気が済まなかった


だからこそ、育児も自分でどんどん負担をかけているような状態だった


そこに更にやってきたコロナ


だんだんと負のループに陥り、いつの間にか精神科に行っている自分がいた


こんな母でごめんなさい

常に恐怖で、寝ている間も恐怖を感じるようになり、さすがに自分でも異常だと思った


病院からは精神安定剤と、睡眠薬


そういう場面になった時だけ、お守りとして安定剤を飲むことにした


そんなこんなで、幼稚園に入るまでは、私が徹底的に感染対策したこともあり、風邪をひくこともほとんどなく過ごした 


人混みの室内は避け、外で遊ばせることが多かった


ウイルスは嫌だけど、土の菌とかは安心という謎の考えがあった


しかし、幼稚園は室内での集団生活

どうしようもない


もう腹を括るしかなかった


しかし幸い、長男はとても健康児で、中学になった今まで、一度も出すことなく健康


しかし、同じ風邪を引いたとしても、出す子もいれば、全く出さない子もいる


我が家の場合、長男は出さないけど

次男は出すタイプだった


兄弟でも全く違うので、その子によるのだと思う


さらに、次男は、食物アレルギーも発症


乳と、うずらの卵


この、うずらの卵のアレルギー反応が、まさに嘔吐型だった


しかし当時きっと苦しかったであろう次男を、私は自分の恐怖と戦うことに必死で、抱きしめてあげることも、さすってあげることもできなかった


なんてひどい母だったんだろうと、

今思い出しても、ごめんなさいの念で涙が出る


つらかった

本当につらかった


自分も怖い

子どもを守ってあげれない

優しくしてあげれない

苦しい

情けない


なんで私がこんなトラウマを負うことになってしまったのか


父を心底恨んだ

憎んだ


そんなこんなで、私は子育て12年目くらいで、ようやく、なんとか乗り越え方を習得できていた


時間はかかる

けど、今は子ども達も、私のトラウマを理解してくれている


ママはこういう症状があってね、あなた達のこと本当に大事なんだけど、どうしてもこわくなってしまうんだ、と丁寧に話をした


それからは、子ども達は理解してくれて、自分でトイレに行ってくれる


我が家の長女は、年長から自分でトイレに行っている


まだなかなか背中をさすってあげることはできない


けど優しい言葉をかけれるようになった

近くにいてあげれるようになった


少しずつ、克服できてきている


ひどい母だと自分を責めてしまう日もあると思う


けど、他人がどう言おうと、他人に理解してもらえないとしても、私たちは子ども達を心から愛して、大切にしていることは紛れもない事実であること


嘔吐恐怖症の私が経験したからこそ、お伝えしたい


同じ恐怖症で妊娠を悩んでいる方がいたら、無責任かもしれないけれど、背中を押してあげたい


恐怖症の日は365日あるわけじゃない

それより、この子達とのかけがえのない日々がとても貴重であること


精一杯の愛情を注いであげられる日がたくさんあること


同じ恐怖症に悩んで苦しんでいる方

きっと私達ならできると与えられた課題です

一緒に頑張りましょう