嘔吐恐怖症の子育て
何より恐怖なのは、子ども達の風邪でした
何のタイミングで吐かれるか分からない
とにかく、徹底的に感染対策
熱とかなら、なんてことない
けど、何がそれに繋がるか分からない恐怖
今考えるだけで、本当にひどい母だったと思う
何かにつけてウェットティッシュで拭いたり、お店でもベタベタ触らないようにさせたり
カートに乗せることも嫌だったので
ひたすら抱っこしながら買い物
どこかのサービスに頼ることもできなかった
とにかく自分で感染対策しないと気が済まなかった
だからこそ、育児も自分でどんどん負担をかけているような状態だった
そこに更にやってきたコロナ
だんだんと負のループに陥り、いつの間にか精神科に行っている自分がいた
こんな母でごめんなさい
常に恐怖で、寝ている間も恐怖を感じるようになり、さすがに自分でも異常だと思った
病院からは精神安定剤と、睡眠薬
そういう場面になった時だけ、お守りとして安定剤を飲むことにした
そんなこんなで、幼稚園に入るまでは、私が徹底的に感染対策したこともあり、風邪をひくこともほとんどなく過ごした
人混みの室内は避け、外で遊ばせることが多かった
ウイルスは嫌だけど、土の菌とかは安心という謎の考えがあった
しかし、幼稚園は室内での集団生活
どうしようもない
もう腹を括るしかなかった
しかし幸い、長男はとても健康児で、中学になった今まで、一度も出すことなく健康
しかし、同じ風邪を引いたとしても、出す子もいれば、全く出さない子もいる
我が家の場合、長男は出さないけど
次男は出すタイプだった
兄弟でも全く違うので、その子によるのだと思う
さらに、次男は、食物アレルギーも発症
乳と、うずらの卵
この、うずらの卵のアレルギー反応が、まさに嘔吐型だった
しかし当時きっと苦しかったであろう次男を、私は自分の恐怖と戦うことに必死で、抱きしめてあげることも、さすってあげることもできなかった
なんてひどい母だったんだろうと、
今思い出しても、ごめんなさいの念で涙が出る
つらかった
本当につらかった
自分も怖い
子どもを守ってあげれない
優しくしてあげれない
苦しい
情けない
なんで私がこんなトラウマを負うことになってしまったのか
父を心底恨んだ
憎んだ
そんなこんなで、私は子育て12年目くらいで、ようやく、なんとか乗り越え方を習得できていた
時間はかかる
けど、今は子ども達も、私のトラウマを理解してくれている
ママはこういう症状があってね、あなた達のこと本当に大事なんだけど、どうしてもこわくなってしまうんだ、と丁寧に話をした
それからは、子ども達は理解してくれて、自分でトイレに行ってくれる
我が家の長女は、年長から自分でトイレに行っている
まだなかなか背中をさすってあげることはできない
けど優しい言葉をかけれるようになった
近くにいてあげれるようになった
少しずつ、克服できてきている
ひどい母だと自分を責めてしまう日もあると思う
けど、他人がどう言おうと、他人に理解してもらえないとしても、私たちは子ども達を心から愛して、大切にしていることは紛れもない事実であること
嘔吐恐怖症の私が経験したからこそ、お伝えしたい
同じ恐怖症で妊娠を悩んでいる方がいたら、無責任かもしれないけれど、背中を押してあげたい
恐怖症の日は365日あるわけじゃない
それより、この子達とのかけがえのない日々がとても貴重であること
精一杯の愛情を注いであげられる日がたくさんあること
同じ恐怖症に悩んで苦しんでいる方
きっと私達ならできると与えられた課題です
一緒に頑張りましょう
