1948年
監督 溝口健二
出演 田中絹代 高杉早苗 角田富江
戦後の厳しい時代、その日暮しで生活している房子。夫の実家で病気の子供を抱えて暮らす房子に夫の訃報が届き、その直後には子供も死なせてしまう。夫の死を知らせてくれた社長から秘書として房子を雇われ、房子は夫の実家を出る。そんな折、房子は行方知れずだった妹の夏子と再会するが、両親はすでになくなり、夏子はダンサーとして働いていた。そしてある日を境に、房子の生活は変わり始める・・
人生って、いつ崩れてもおかしくないようなぼろぼろのつり橋を渡ってるみたいだな・・
映画館から抜け出し生ぬるい風に当たったとき、きちんと歩けてるのかちょっと不安になるような 足元がふらふら浮わついてるような へんな感覚に見舞われた。 ほんのわずかだけど人生の底辺を垣間見てしまったみたいだ!
今まで当たり前のように歩んできた道は、無造作に積み上げられた岩みたく不安定で、ぐらぐらしたものだったのかも。
私はごく普通の人間だし普通の生活をしてきたつもりだけど、それを支えるのにどんだけ助けてもらい犠牲を払わせたかなんて考えたこともなかった。
ちょっと顔を出して傾いたところから見た世界は、直線が曲線に見えちゃうかも。
つり橋から足を踏み外したら、白が黒に、右が左に見えちゃうかも。
そうなったら全てが逆転してしまうんだろうな。価値観や理念や性格までも。
いつ崩れるかわからないものについつい寄りかかってしまうから、それが少し崩れただけで人が変わるんだろうか。
自転車泥棒がイタリアのリアリズム映画なら、これは日本の究極のリアリズム映画だろう。 それも女性のための・・・
観たのはカルチェラタンのLe Champo という映画館。
ちょうど溝口祭りをしていた。
ジャックタチが買い取ったことから、中では小さなユロ伯父さんをお目にかかれる。
座席について、天上を見上げたらそこはプチプラネタリウム! 粋だなー
人は16人ぐらいでまばらだったけど、斜め前にちいさい男の子が1人できてた。そういやここはトリュフォーが学校休んで駆け込んだ映画館でもあったっけな。 子ども、えらいよ 君のおかげで映画の未来は明るいよ。
