インテリアを学んでいた時、学校には当然大工さんや家具デザイナー、工芸に進む分野もあった。そこで、多くの若い男の子達が、「自分のことを最高!」と感じる瞬間を何度も見た事がある。学生なので色んな課題があったのだが、ベッドスタッフを入れる大きな箱を作る課題があった。蓋のちょうつがい以外に、鉄釘を一本もつかわない「入れ子」で木の箱を作った男の子がいて、かなりのマークをとった。


家でも作業をするのだが、彼は箱から離れ難いという感じで愉しんでいた。心から羨ましかったのは、彼が生き生きと「自分が何者か」を見つける瞬間を手に入れて行くことだった。きっと、戯言に傾きがちなロマンチストの私なら、「前世はわたしは大工だったんだ」とか、「日本の寺大工だったんだ」とか思いそうな、召名を聞く貴重な一瞬のことだ。


実は、私は自分の事をそう思ったこともある。きっと赤面した方が良いのだと思うが、自分のことは可愛いので内心では今でも否定はしていない。子供の頃、木の工作が好きでクラブに入った事があった。趣味と言えば木工しか浮かばないくらい手の先のように感じていた。だが、そちらに進む事など考えにも浮かばず、趣味としても、習い事としても日常の徒然に紛れて早々に失った。思えば、何度も、何度も、自分が好きだと思うことを手離して生きて来た。
オランダでインテリアを専攻して、大工作業を始めた時、自分のノミの使い方、角度の入れかた、釘を打つ間隔、プロポーションと安定性に自分で驚いた。誰にも習った事がないのだが、知っているのだ。周りの人も驚いてはくれた。そこで私は「自分は昔大工だったんじゃないか・・」と思ったのだ。とても幸福な瞬間だった。自分が何者か、忘れていた事を思い出したような気持だった。そうこうしている内に、ある日、霊感エキジビジョンというのがあり、何気に出かけたら、おばあちゃん霊感師に「あなたは、前世では男の肉体労働者で、カナダのきこりだった。」と言われた。「もうすぐ女性から一つの手紙が来る。それはブライドメイドや結婚に関したことだけれど、行間を読まないといけない」とも言われた。


二つ目はあたったが、行間を読むことをすっかり忘れていたので、散々な目にあってしまった。「カナダのきこり」というので舞い上がった私は、他の注意事項はすっかり忘れていたのだ。

きこりだけれど、木を切り馬車で運んでくるだけではなく、きっと生活で色んなものを作って使っていたのだと思う。そして、できることならば、街のショーウィンドウで見かけるような立派なヨーロピアン家具、カーヴィングが入ったような豪奢な家具にしあげてみたいと想っていた素朴な生活のきこりだったのではないか・・・と思っている。


自分のセンスが良いのか、いけてないのかはわからない。きっと、「もう一つだな・・・」と思う人も多いだろう。そうには違いないかも知れないが、昔はデザインとかができなかった。憧れすぎて手の中に落ちてきてくれなかったという風に感じる。変な感じ方なのかもしれないけれど。
不思議に「カナダのきこり」だと言われたあたりから、私にもデザインらしい事がけっこう手軽にできるようになった。きっとあの時は、美しい家具は別世界のように思えて、きこりである私には、真似してみても細部まで想像がつかなかったのじゃないか?ドイツのきこりの素晴らしいウッドカーヴィング技術を聞いて、自分のルーツや核にあることに思いを馳せたかもしれない。また、そんな生活の時間もないまま日々は過ぎ、それでも、馬の世話をしたり幸福に生きたのかも知れない。そんなことを想像してみたあとだった。


Gevoelがあるとオランダ人は言う。何かをするフィーリングが元々体の中にあることだ。20代の若い男の子が、それを口にする時、彼らは等身大なのに輝いて見える。瞳の奥から射す光の色からして違う。恋する瞳の輝きや、ポジティブな心理や上昇志向の輝きとも全く違う。この深く充足した、しっとりとした輝きは外向性ではないように思う。自分のGevoelを人生で見つけることは素晴らしい。それを強く信じる者、自分でイニシエイトする[率いる]者に生まれることは至高の幸福に思える。わたしだって、そう生まれてきたのだと思う。随分かかってしまったけれど今は幸福だ。多分、その幸福の強さが、いけてない私を左脇で支えてくれているのだと思う。二人3脚みたいな格好を思い浮かべる私は・・・この明け方もnot aloneだ。



アムステルダム ソムリエ