父が亡くなって1週間が過ぎました。
本当に、毎日やることだらけだったので、やっと一息つくことができています。
苦しみの世界から解放されたのだと思います。
抗がん剤や薬剤投与の治療は本当に大きな苦しみを伴う方法だなと思います。
それを乗り越えるだけの生きようとするエネルギーがないと、苦しみの世界から抜け出すことができない。
「もう、死なせてくれ。」死ぬ前に父が余りにも大きな苦しみがやってきた時だった時に言った言葉。
それを聞いて、母は私たちや兄弟に連絡をしてくれた。
父の元にいくと、少し落ち着いていたが、父に手を当てていると、だんだんと呼吸が穏やかになり、寝息を立てていた。
容体が落ち着いたと思い、一度家に帰ることにした。
すると、朝方、6時半くらいに息を引き取ったと母から再度連絡があった。
最後は穏やかに亡くなったそうだ。
父が病気になったのは、私が原因なのかもと思う時が今でもある。
私が我慢をしていれば、とも思うが、それもまた新しい時代を気づいていく娘たちの世代に、我慢という苦しみを負わせてしまう。
もう、終わりにしよう。
父は、全てのエゴを持ち去ってくれたのかもしれない。
残された私たちは、バラバラになっていた意識を丁寧に紡ぎ合わせて生きていくことが、お父さんが一番喜ぶことなんだと思う。
自分の軸と他者軸。
家族だと、いつの間にか境界線を超えてしまっていることが多々あり、家族の軸みたいなものが年長者によって強く形作られてしまっていることもあり、子どもたちは、いつの間にか、そのルールの中で生きているが、それぞれの違う感覚で、バランス良く付き合っていくことが大切なのだよね。
私といえば、バランスが悪過ぎて、この家のルールと大きく違う行動ばかり。
でもこの家のルールの中で生きていると、私病気になったり、毒親なんて思ってしまう。
毒親って、ものすごいネガティブな表現かも。
だって、親の思いの中で、反発してるだけだからね。
それ以上の自由な感覚を自分で切り開いていけば、俯瞰して親の小さな価値観について見ていけるのにね。
父が亡くなってから、そんな想いに気づく。
だって、亡くなるまでは、小さな世界の住人だったから。
何かの実験であったよね。
柵に触ると電気ショックを受けた犬が、電気が通ってなくても、もう柵の外に出ようとしなくなったって。
諦め。
そんな事を私も、ずっとしていたのかな。
でも、少しずつ自分で自分を整え出していたら、怖いものが亡くなって、自分の作ってきた世界が自分の力になっていた。
高市政権になってから、エネルギーがグッと変わりましたね。
本気で生きている人間が輝く時代に入り、権力者で作られたおかしな世界が治ってきているように思います。