京都市中京区の六角堂へ。
今年に入ってから、「聖徳太子」「空海」という二つのキーワードを天から頂きます✨
7月の大江幸久先生の講演会でも、この二人に縁の深い「六角堂」のお話が登場したため、ますます興味を持ちました♥️
日本書紀によると、聖徳太子が淡路島の海岸を歩いている時、中に如意輪観音像が入っている棺を見つけたそうです。太子はそれを念持仏とされていましたが、それこそが六角堂ご本尊の如意輪観音だと言われています。
六角堂には、小さな池があります。
587年、太子は四天王寺建立の材木をもとめてこちらに来ました。そして、この池で沐浴するため、木に念持仏をかけたところ、木から離れなくなったそうです。そして、
「この地で、人々を救うために残りたい。御堂を建ててほしい。」
と太子に告げたため、六角堂を建て如意輪観音をお祀りしたそうです。
六角堂のHPには、「この池のほとりに、小野妹子を始祖とする僧侶の住坊があり、「池坊」と呼ばれるようになりました。代々、六角堂の住職を務める池坊は、仏前に花を供える中でさまざまな工夫を加え、室町時代の「いけばな」成立に至ります。 」とあります。
つまり、いけばな発祥の地でもあるのですね✨
たしかに、六角堂のお隣には池坊の建物がありました。
大江先生のお話によりますと、六角堂建立の際、太子は唐崎明神に導かれたそうで、現在も境内に祀られているそうです。
下鴨神社境内で祀られている瀬織津姫を祭神とする井上社も、唐崎明神と呼ばれていたそうです。
このことから、聖徳太子を導かれたのは、瀬織津姫ではないかと言われているとのことです。
また、空海の愛弟子・眞名井御前は、10歳の時、六角堂本尊の如意輪観音に帰依し、六角堂にて、当時39歳の空海に出逢いました♡








